すてっぷ・じゃんぷ日記

今日の活動

友達と遊んだ方が楽しいやん

設定遊びが終わった後,W君が「スマブラ(ゲーム)をしてもいいですか?」と聞いてきました。W君は宿題が嫌いなので,事業所で宿題をやりたがらないのですが,今は「終わったら好きなゲームが出来るよ」という約束で頑張っています。シャイなW君ですが,とても大好きなゲームなので「ゲームがしたい!」と積極的に申し出てきました。

すると1つ上のR君が「僕も一緒にやっていい?」と聞いてきました。初めは「パソコンでゲームする」と言っていたのですがW君が「スマブラしたい!」と言っているのを聞くと少し考えて職員に聞いてきたのです。許可をすると2人で協力しながら配線等の準備をし,楽しくゲームをしていました。

後からR君に「最初はパソコンしたいと言っていたのになんで変えたの?」と聞くと「あのゲームは友達と一緒にやって面白いやつやから」と答えてくれました。普段は口が悪い,と責められがちなR君ですが友達のことを思って行動する一面も持っていたのです。

今すてっぷに通っている小学6年生の子ども達は3月で卒業をします。「一気に6年生卒業しちゃって大丈夫かな?」と思っていましたが,今日の姿を見て安心をしました。

“書いて覚える学習”に必要な力 Y先生のじゃんぷ通信11

「書いて覚える学習」に必要な力 Y先生のじゃんぷ通信11

学校の宿題には漢字ドリルを毎日書いて覚える宿題がどの学校にもあります。確かに我々親世代も、小さい頃は書いて覚えることを経験しています。書いて覚えることに何の疑問も持たないのが当然かもしれません。

先日「読み書き障害」の研修会があり、その中で発達性ディスレクシア研究会理事長の宇野彰先生からこんなことを教えてもらいました。
実は“書いて覚える学習”の中には次の5つの力を同時にやっているということでした。
①形態をとらえる「視知覚の力」(目で漢字等の文字の形をとらえる) 
②とらえた形を覚えておく「視覚記憶」の力(目で見たものを短時間覚える力)
③だいたいは読めるので「音の記憶」の力(音としても記憶する力)
④意味も分かるので「意味の記憶」の力(その漢字の意味も記憶する力)
⑤「筆順の記憶」の力

子ども達がノートに書く作業はじつはこんなに多くの力を使っているのです。ほとんどの子ども達は大人と同じように無理なくこなしていますが、この力のどこかで困っていると、それをカバーするのにエネルギーを使いすぎて、他の力にも影響が出てきている子どもたちがいます。

・「えーと、『せ』という字はどんなんやった?」と思い出すのに2秒ぐらいかかります。
・漢字を写すのに、ドリルの手本を何回も見直さないといけない。
・ノートに書いているうちに、一本線が足りない字になってしまう。
などなどの様子が見られます。こんな時に「ちゃんと見なさい」「書いたら覚えるはず」と言っても解決しません。

宇野先生は、5つの力を同時に使うことがうまくいってない時は「分けて学習する」といいと言われます。放課後デイじゃんぷでは、その子の困りに合わせてどの力を使いやすくするかを見つけながら取り組めるようにしています。子ども達の見せる様子から、こんなことをアドバイスしていると次は紹介していきます。

 

ランニング

ASD者のランニングを扱う映画、古くは監督がロバート・ゼメキス、出演がトム・ハンクスの「フォレストガンプ」。日本では、2007年TBSドラマでで二宮和也(嵐)主演でも放送された韓国の元映画「マラソン」が思い起こされます。X君も走ってみるかと職員が走りに連れ出すと、それまで暗かった顔色が消え楽しそうに走ったそうです。X君は最近、お箸の上げ下げまで指示待ちになって生活がしにくくなっている中学生です。

X君は小さい時多動で、すぐにいなくなってしまう子どもでした。その多動が収まるとしばらくは適応性が伸びたのですが前思春期の6年生頃から指示待ちが多くなり日によって変動はありますが、人がいるところでは細かな指示をX君から要求し指示されないと活動ができない様になっています。ただ、歩いたり簡単な調理をする時は指示待ちの姿はないので、外歩きを毎日取り入れています。

一緒に歩く職員がこれではつまらないと思ったのでしょう。一緒に走ってみることにしたそうです。そうすると、とても嬉しそうに走るので、何かを目標にして走れば周囲も目標を持って一緒に走れるかなと考えました。1時間程度走れるようになったら市民大会などに参加できるので、まずは15分くらいからトレーニングプランを立てています。

ただ、わが事業所の平均年齢は50歳と若くはないので、まずは自転車伴走で安全に走れるトレーニングからします。目標は木津川マラソン宇治川マラソンくらいを設定すればと思っていましたが、軒並みコロナ中止です。一斉に走るのが感染率を高めるなら、京都マラソンはやったのだから50人ずつ時間差出走すれば出来るじゃないかと思うのですが、「触らぬ神に祟りなし」「当たらぬ蜂には刺されぬ」「触り三百」とどの主催者も後ろ向きです。でも、自転車伴走トレーニングはやってみようと思います。

仕切る

V君に、来年はV君が小学生では最高学年だから後輩たちを仕切ってほしいとお願いすると、申し訳なさそうな顔をして「僕は無理」と言います。理由を聞くと自分は人づきあいがうまくないので自信がないそうです。いつも、みんなと楽しそうに遊んでいるのに「人付き合い」は難しいと思えるようになったところが偉いなと思います。V君は友達のことについてはあれこれ批評するのです。~君は周りが見えてないとか~さんは一方的だとか、あの職員は言っていることに筋が通ってないとか、会話の中では結構的確に評価しているのです。

V君、友達の事よくわかっているから仕切るのは適任だと思うけどなと返すと、「あのな、人の事が分かるのと、リーダになって人を仕切るのは全然違うねん」ときっぱり言うのです。そういえばV君昨年の運動会では応援のパートリーダーに立候補して頑張っていました。リーダーの役割を果たして少しわかったことがあったのかなと感じました。立候補した時は、舞い上がっていたのですが、練習が進むにつれて「パートのリーダーやからね。全体リーダーに合わすだけやから」と念を押すようになって少し冷静になっていたので何か考えるところがあったんだとは思っていたのです。

「そうか、仕切るのは嫌か。だとすると次の候補は君が嫌っているW君だけど大丈夫かな?」V君しばらく考え込んで、「W君はな、話は合わせるの上手やし、最初はうまくやると思う。だけど口の利き方がきつい時があるから、だんだん嫌がられるのとちがうかな」と語ります。「そんなこと言わずに二人で力合わせて行くしかないよ」と返すと、「う~ん、僕は向いてないねんけどな~」と真剣に考えこんでいました。今まで周囲の事など顧みず体を動かすことにしか興味がないと思っていたら、気が付かないうちにV君結構成長したなと感じています。

 

ハサミ

U君がスケジュールに書いてもいないのに「ハサミくださ~い」と言って牛乳パックを分解する作業を要求しました。U君のこれまでの自発的な要求と言えば「キッチンラーメンくださ~い」と「サイダー飲みま~す」だけだったので職員は驚いたと言います。

U君は自発的な要求が少なくて、結果、事業所から飛び出して大人の注目を集める不適切行動になってしまうので、「嫌ではない作業」に大人が注目して褒めると言うことを繰り返してきました。その結果注意喚起行動はなくなったのですが、好きなことがなかなか見つからないのは同じでした。

そんな中での「ハサミくださ~い」だったので、ハサミを使う活動が好きなことが分かったのです。お母さんに聞くと小さい時にはハサミでいろんなものを作るのが好きだったそうですが、大きくなると使わなくなったそうです。原因は不明ですが、切り出すレパートリーが尽きて飽きたのかもしれません。

たまたま、他の人が作業しているのを見てハサミ大好きが蘇ってきたようです。U君たちの好きなものを探すのには大変苦労をしています。好きなものがないと、新しいことや苦手なことに取組む際に交渉ができないからです。だんだん上手になっていくということは伝えにくいので、どうしても好きなことと引き換えの交渉が大事だからです。らーめん・サイダー・ハサミと、飽きないうちに次の好きなものを探すために、TTAP(TEACCH Transition Assessment Profile:移行アセスメントプロフィール)を使ってみようかなと考えています。

 

信頼関係を作るとは?

Tちゃんが、怒ってヘッドホンを破壊したと報告がありました。理由を聞くと、Tちゃんのスケジュールを無視して公園に連れて行こうとしたのが原因です。何故スケジュールを無視したのか聞くと、タブレットで遊んでばかりさせないで公園で体を動かした方が良いと職員が思ったからだそうです。そして、ヘッドフォンを壊した後はやり直し行動(別の穏やかな方法を教える)もさせなかったと言います。不適切な行動をしたTちゃんには、エラー修正より謝らせることが大事だと言いたそうです。

これをTちゃんの視点から考えてみます。「通所してきたら先生がスケジュールを示して今日の内容が分かったので嬉しいな。他の場所では、何が起こるかわからないので、好きな事だったらいいけど突然嫌なことが始まるとドキッとしてムカムカするからいやなの」「今日は公園に行って遊んで、帰ってきておやつを食べて、タブレット遊びだ、わたしタブレットで踊りの動画見るの好きなんだ楽しみー」。

タブレットで動画を見ていると突然職員が公園に行こうと言います。「えーっ!来た時にスケジュールでタブレットって約束して貼ってあるじゃん。なんで約束やぶるのー?しかも突然だし、交渉もないし、あムカムカしてきた!えーい ヘッドホン潰しちゃえ!」

「なんか外に連れ出されてヘッドホン潰したらだめっていうけど、ごめんなさーいって言ったら中に入れてくれた。そうか、ごめんなさーいと言うと中に入れるんだ。いいこと覚えたっと」「ヘッドホン潰したら、またタブレットで動画見る事ができたよ。うれしーなー。これから、タブレットを止めさせられてムカムカしたらヘッドホン潰せばいいんだ」

私たちは、子どもとの信頼関係を結んでこそ療育成果があがるとよく言います。子どもとの信頼関係とは指導者の一方的な思い込みではありません。子どもとの約束を守る中でしか信頼関係は結べません。大人が一方的に決めるのは約束ではないのです。子どもに説明し子どもが理解をしてこそ約束なのです。どんなに素晴らしい療育も子どもとの信頼関係が崩れてしまっては効果は上がりません。逆にやればやるほど子どもの信頼を失います。スケジュール指導は子どもとの信頼関係(お互いの約束・交渉)の中で成立するものですし、ASDのスケジュール表は信頼関係そのものと言っても過言ではありません。

家庭がもたないです

Sちゃんのお母さんから、「先日まで真ん中の子が学校で濃厚接触だったので十日休んでほしいと言われて欠席してやっと終わったと思ったら、今度は保育所で下の子どもが濃厚接触だから休んでほしいと言われて、家族はいつも濃厚接触者の濃厚接触者だから、全員学校や園を20日間休み続けることになります」と連絡が入りました。

濃厚接触者の濃厚接触者は保健所は隔離対象に規定していません。保育所や学校に行って同じクラスにいれば濃厚接触者の可能性は高いです。しかし、そもそもこの感染症は無症状の人がものすごく多いのです。そんな規制をしても見えないところで感染は広がっています。そして、たまたま発熱した子がいると検査をして感染が発覚すると言う体です。

今回の感染症の感染力が強いというのは、気がつかないうちに感染し気がつかないうちに感染させているから広がるのです。そして、その周囲を検査すれば無症状の人を含めて陽性者数はどんどん増えます。そして、この数値変化だけを見て怖がる人に不安を与えたくないと、石橋をたたいて渡ろうとする管理者がどんどん増えていくという仕組みです。

その結果、保健所が規定もしていない濃厚接触者の濃厚接触者も学校に来てくれるなと言う判断がまかり通るようになります。ただ、そんなことをしても無症状感染が続く限りは予防したことにはなりません。つまり、根拠のない安心感を与えることは可能かも知れませんが、予防効果としては科学的に全く意味のない協力要請をしていると思います。

毎日、感染者数が史上最高に達したという報道が続いています。これは、降り積もった雪の深さではなく、どの範囲まで降ったかと言うに等しい報道で、こんな報道を毎日繰り返すのはほとんど意味がないです。感染症の報道で第一義に必要な情報は降雪報道で言えば深さです。つまり症状なのです。ほとんどはすぐに溶けるような雪がどこまで降ったかなどの連日の報道は意味がないのです。

それでも雪が降ったのは事実ですからまだ良いです。しかし、降ってもいない雪を、周辺地域で降るかもしれないから外に出るなと言い。ついには、降るかもしれない周辺地域の周辺地域だから外に出るなと言っているに等しいのです。しかも、その降雪のほとんどはすぐ溶ける雪です。さすがにこれは正しい判断とは言えません。

Sちゃんのような家庭はきっと少なくないし、まだまだ増えると思います。科学的で民主的な思考ができれば、休んでほしいとは言えないはずなのですが、科学も乗り越えて効果のない協力を市民の義務だとばかりに求める姿は、いつか来た道を思い出させ、感染症より恐怖を覚えさせます。

※京都府のQ&Aより
Q3. 職場に出入りしている別の業者の社員が濃厚接触者と判定されました。この場合、自分の職場の人間も濃厚接触者になりますか。
A3. 濃厚接触者は患者との接触者を指します。そのため、濃厚接触者と接触してもただちに濃厚接触者と判定されるわけではありません。

京都発達性ディスレクシア学習会 記念講演に宇野彰先生

1/22の土曜日、学習障害の中核ともいわれる「発達性読み書き障害」について発信していこうという「京都発達性ディスレクシア学習会」の設立総会が開かれました(NPO法人ホップすてーしょんはこの事業を後援しています)。乙訓地域近隣の50名程の学校教員や教育委員会関係者、児童通所施設関係者が集まって設立されました。

本事業所では、学びの広場じゃんぷで発達性読み書き障害の児童生徒の療育を1年前から開始しています。発達性読み書き障害はまだ一部の大人にしか知られておらず、特別支援教育に関わる教員や発達障害に関わる福祉関係者でも、読み書き困難の問題を知的障害が原因と考えていたり、学習量が足りないから読み書きが不十分だと考えている人が少なくないことです。

発達性読み書き障害は先天的な脳の障害で、知的障害や当事者の学習努力とは何ら関係がないものです。文字を音に変換したり音を文字に変換することを音韻処理と言いますが、この変換処理が障害を受けていて読み書きの速度が遅くなるのです。

読み書き障害の子どもはいませんかと教員に聞くと、読めない子はいませんという教員が多いです。発達性読み書き障害は全く読めない子だけを指すのではなく、読み書きの速度の遅い子どもも指している事を知らない教員が多いのです。

読み書きが遅いという事は、苦手な読み書きが入るとその処理にものすごくパワーが奪われるということです。慣れない作業をするとすぐに疲れたり集中力が落ちたり、創造的なことが考えられなくなります。同じように、発達性読み書き障害の子どもはいつまでたっても慣れない作業状態が、学校で長い時間続いていると考えるとイメージがしやすいと思います。

この事実をまず、多くの学校関係者、保護者、子どもに関わる全ての人に知って欲しいと言う目的でこの会は設立されました。記念講演には、発達性読み書き障害では我が国で第一人者である宇野彰元筑波大学教授にご講演いただきました。視聴者からは、もっと早く宇野先生の話を聞きたかったという感想が寄せられています。一人でも多くの関係者が「発達性ディスレクシア」を知り、適切な支援方法があることを学んでほしいと思います。この会の事業をホップすてーしょんは長く支えていきたいと思います。

 

自発的に嫌を表現する

R君の感情表現はどうすれば引き出せるか話し合いました。例えば、作業中につかれてしまって、もうやりたくないと思った時に、絵カードで「疲れたから もうやりたくない」をどのようにして教えればよいかという事です。そもそも、疲れたとかしんどいとか、元気とか嬉しいとかの表現を教えていなければ、せいぜい作業カードの上に✕カードをかぶせて「作業なしです」と持ってくるくらいしか方法がないです。

理由まで明らかにするには体調や感情の表現が必要になります。PECSには感情の表現はありません。「嫌です」は応答のコミュニケーションとしてフェズ2で身振りなどを教えますが、自発の嫌です表現のトレーニングは掲載されていませんから、これらはアドバンス編に入ってくるのだと思います。また、自発的な感情の表現についても初級マニュアルにはのっていないので、教えるのは結構困難な内容なのかと思います。

障害が重くても自分の体調や感情が伝えられたら、具体的に助けてあげられない場合があるにしても、相手に伝わったことでカタルシスを得る場合はあると考えています。R君にも「元気」「うれしい」「やりたい」と「疲れた」「悲しい」「嫌だ」を教えていきたいと思います。具体的にはスケジュールを伝える時と、作業や課題が終了した時に表情カードを選んで表現するように教えたいと思います。ほとんどは「元気」や「うれしい」かもしれませんが、きっと疲れる時や嫌な時もあるはずなので機会を見つけて教えていけたらいいなと思っています。

 

 

 

悪くないのに「ごめん」て言うか?

Q君は鬼ごっこが嫌いなようで、公園遊びの時でも参加したりしなかったりします。参加していない時に職員が「何で参加しないの?」と聞いても「わからん」といい、参加している時に「何で参加したの?」と聞いても「わからん」と気分で参加しているようだと報告されています。友達から「最低理由は言えよな」という友達の言葉にも「わからん」と返すようです。

Q君が遊びに参加しない言い訳を考えないのは、いつも遊ぶ友だちにどんな思いをさせるかという事が気にならないからです。人と遊んでいても、友達が参加しないことも気にならないからです。ASDの人に気にしてよというのも変なのですが、彼の事をよく知らない人なら、何も言わずに参加しないなんて俺たちの事を軽く見てる嫌な奴と勘違いされるので、エクスキューズは社交マナーとして必要なものだということをどこかで教える必要があるなと感じています。

この場合は、参加しない代わりに○×というような交渉の中身でというより、まずナラティブストーリー(ソーシャルストーリー)で『いつも遊んでいる仲間が、そこにいるのに何も言わずに参加していないと、とても気になります。何も悪いことはしてなくても「ごめんな」と言って、「また今度参加するね」と言います」』と言う内容を考えてあげる必要がありそうです。

たぶん、Q君にしてみれば悪いこともしてないのに謝るのは不思議がるとは思うのですが、これは失礼なことはしていないのに「失礼します」と家に入るマナーと似ていると説明すればわかるかなと思いつつ、なんだかQ君とややこしい言葉じりの話になりそうで気が進みませんが・・・。

 

キッチンラーメン、バイバイ

P君が大好きな西山登りと頂上でラーメン作りの取組をしています。今日も事業所に来るなり、いそいそと自分でリュックにラーメン調理七つ道具(チキンラーメン・水・バーナー・ガスカートリッジ・コッフェル・カップ・箸)を詰めて準備完了です。雪のちらつく中意気揚々と西山の道を上がり頂上での調理も手慣れたものです。

あーおいしかったと頂いた後、「キッチン(チキン)ラーメン、バイバイ」と職員に向かって言ったそうです。さすがに飽きたかなということでした。これからはコンビニに行って好きなものを本人と選んでからでかけたらどうとかという提案と、ソース味が好きだしインスタント焼きそばを調理したらどうかと言う提案がありました。

これも日清とサッポロがありますので、粉ソースの日清も液体ソースのサッポロも両方試してみればどうだろうということでした。焼きそばと言うとペヤング・一平ちゃん・UFOというカップ麺御三家がありますが袋麵焼きそばはほとんど子どもには知られていないので、どんな反応をしてくれるか楽しみです。

みんなで歩けば楽しい

N君に今日はOさんと一緒に西山登りに行くことを伝えると二つ返事で快く了解してくれました。先日、ブログで【みんなと歩調を合わせる: 01/14】 で、相手を意識しながら歩けるようにと、荷物を棒にくぐりつけて二人で担いで歩く山登りを提案しました。これを二人だけで取組んだのではあまりにつまらないので、仲間を増やしてみんなで運んだり、代わりばんこに運んだりするためにN君とOさんに協力してもらったのです。

N君はOさんが大好きなので、何を取り組んでも楽しいのですが、取り組んでみると、Oさんもげらげら笑って楽しそうに取組んでいます。何が楽しいのと聞いても「何でかわからんが楽しい」そうです。二人は学校も違いますから週に1回しか会いません。ちょっとした共同作業でも、気の合う男女同士だと楽しいということです。

その二人の楽しさに巻き込まれてか、最近眉間にしわを寄せて機嫌悪そうに歩いているP君も今日はニコニコしています。歩調合せる課題のあるQ君もなんとかみんなを意識して歩くことができました。重度の人の場合どうしてもマンツーマンになったり集団が小さかったり固定した集団になりやすいですが、N君やOさんがいることでまた違ったムードが作れます。ASDだからいつも同じメンバーが良いと言うわけではないのです。

自分のことの教え方

いつもゲームでM君が大声で仕切るので他の子どもはうるさくてトラブルの原因になっていました。職員も1か月くらい前からM君の声がやけにでかくなって以前に戻った感じがすると報告しあっていました。それをM君に話しても、「え?大きいかなぁ?」と全く自己フィードバックしていませんでした。

先日、カードゲームをしていて今回もゲームを仕切ろうとするので、それを嫌って他の子どもが今回はM君提案を却下しようという発言がありました。職員はこれはひともめするなと構えていたら、M君「あ、そう。じゃぁ撤回」とあっさり引き下がったので、職員も子どもも肩透かしをくらいました。あの場面なら確実に高学年同士のマウンティングの取り合いになるので、M君なら大声を上げて譲らなかったはずだと職員は言います。

連絡帳を読むと、昨日からコンサータが増えたと記述されていました。服薬のM君への効果はてきめんのようです。しかし、これだけ違うと改めてM君の言動はM君の性格や背景になる環境が問題なのではないということが分かります。ただ、M君を褒めると「薬のせいやし」と言うので、薬のせいで性格が変わったのではなくその姿が本来の姿だと伝えたいのですがこれがなかなか難しいです。心理学的医学教育を医療・教育・福祉の誰が行うのかはっきりしない中で私たち自身も模索をしています。

 

 

みんなと歩調を合わせる

外出する機会に、一人で歩ける子どもはできるだけ一人で歩けるようにしています。ただ、困ったことに全体に合わせると言う歩きができない人が多いと職員の手が足りなくなり、早い人を見失ったりしやすくなります。別に特別に早いわけではないのですが、とても遅い人がいてこの人に合わせると普段の倍ほど時間がかかります。

L君にしてみれば、これまで誰かが手をつないでくれていたので、遅いと引っ張られたり背中を押されて歩いていたのです。手を離されると、全体の速度などはお構いなしにどんどん遅れてしまい最後には前の人が見えなくなってしまいます。この場合に、背中を押したりひっぱたりしないで歩けないかどうか職員で話し合いました。

とにかく、周りが気にならないならそれは無理だということになり、その前に自分とともに歩いている人を意識できるようにするのが先だと言う話になりました。ではどうするか、いつもはできないけど山登りの時にリュックに入れて荷物を運んでいるのをやめて、交代で二人で運ぶのはどうかという案が出ました。担ぎ棒を二人で担いで棒に荷物をくぐりつけるのです。これなら少しは相手を意識しないだろうかと言う提案です。

できることは何でもやってみようという事で明日から取り組んでみようという事になりました。コミュニケーションが取れない人の場合、一人でできるけど周囲が不安なので何でも介助されて、自分の意志と関係なく依存性が高まります。結果、周囲に合わせるという経験の機会を失い、周囲に合わせられないというレッテルを貼られて一生過ごすことが少なくありません。個別化するとは一人一人がばらばらでいいと言っているのではありません。個性は認めつつもお互いに工夫や折り合いをつけて共生しようとするのが個別化の目的です。ただ言うは易し行うは難しです。

 

子どもの遊びを作る仕事

Kちゃんが最近公園に行きたがらないし、公園に行っても以前は車いすから降りてブランコや滑り台に歩いて行ったのに今は車いすから降りようともしないと報告がありました。理由を聞くと、お母さんは寒くなるといつもそうだと言われるようです。外は寒くていやだということです。先日も、外に行くのでオーバーパンツを履かせようとすると執拗に嫌がったと言うのです。防寒着を着れば外に行くと知っているという事です。

Kちゃんの場合は交渉がまだできず、イェスかノーしか表現できないから、防寒着を押しやったり払いのけたりする「嫌ですサイン」が出たら無理に外出せずにわかったよと受け止めてあげればよいと話しました。でも、寒いのが嫌なのは分かったけど、寒くない部屋では車いすのベルトを外すとそこら中うろうろして棚のものを引きずり出したり、机の上のものを落とすので目が離せないと言います。

それは外で遊べずエネルギーが余っているわけだから無理もないよねと話しました。物を引っ張り出したり、落としたりして楽しむのは乳児期後半の遊びですが、その事が楽しいならプレイエリア内で引き出したり落としたり遊びをしてはどうかと話し合いました。段ボール箱を倒したり落としたりして楽しむ遊びや倒した段ボールトンネルをくぐったり等いくらでも遊びができそうです。障害の重い子どもの遊びは少ないからこそ、大人から仕掛けて遊びを作る必要があります。家では困る事でも事業所内なら遊びにできる事もあります。

 

手伝ってカードは難しい

作業が難しくてできない、探しているものが見つからないなど、困ったことがある時「手伝って」カードを使う指導をします。PECSのフェイズではフェイズ3で教えます。離れたところでも自分の欲しいものが絵カードで伝えられるようになる時期と並行します。J君はフェイズ3Bで欲しいもの同士の絵カードが正しく弁別できるようになっています。(3Aは欲しいものといらないものの弁別)

ここで「手伝って」が教えられるはずなのですが、J君にとっては、欲しいものが見つからない助けてと、作業を手伝ってほしいの手伝ってはどうしても同じものには思えないようです。それよりも、音絵本の電池が切れたから「手伝って」と職員に示すより、絵本と「K先生」の写真を持って2階に上がっていくほうが分かりよいみたいです(K先生の顔写真をK先生に渡して電池交換しての意味を伝えています)。「手伝って」カードは手のひらカードに助けてと書いてあるだけのもので、かなり抽象性が高いので、J君にはわかりにくいのだと思います。

くつも一人で履けない時に、手伝ってカードではわかりにくく、靴を履かせている写真の方が具体的で分かりやすいんじゃないかと話しています。ただ、手伝ってカードはお助けのワイルドカードで、これ一つで困ったときに援助が来るよという意味合いを理解させるツールなのでいつかは理解してほしいとは思うのですが、マニュアル通りには使えないようなので、しばらくは場面ごとの具体的支援内容のわかる手伝ってカードを準備するようにします。

 

涙の訳

H君が涙ぐんでいるので、職員に話を聞くと、昼食準備の時間なのにPCをかたずけるのが嫌で職員から急かされて泣いたと言います。あとでこっそりH君に理由を聞きました。「H君ともあろう人がそんな事で泣くのは不自然やなぁって思うねんけど」と。「あのな、かたずけは関係ないねん。6年に口の利き方が生意気やってずっと言われていて、それが積み重なって今日はとうとう泣いてしまってん」と胸の内を話してくれました。

H君は生意気な新入り低学年だと高学年たちからディスられている子どもです。さすがに高学年ですから、面と向かってはあまり言わないのですが、たまに高学年の堪忍袋の緒が切れて今回のようになります。それでも、相手の気持ちが読みにくく自己フィードバックも弱いH君には、みんなと同じようにしているじゃないかと、いわれなき非難として受け止めているのです。

でも、どうして他の職員にはかたずけが嫌だったなどと嘘をついたのかと聞くと、「そんな悪口くらいで泣いてしまう自分が恥ずかしかったから、別の理由を言った」というのです。H君それだけ自分をカムフラージュできるなら、なんで高学年の前でもカムフラージュしないのと思いますが、そこは違うようです。

「悪口で泣くのは恥ずかしいが、大人の指示を嫌がって泣くのはまだまし」変な基準ですが、友達とのトラブルでは泣いてはならじというのがH君の掟のようです。同じ低学年でもタメ口でなんともない子もいるのにH君だけアウトな問題については、100%タイミング問題なんだけど、それをH君に理解させるのは至難の業なので、職員みんなで解決策を探っています。

先輩風

最近、小学校から何人か新しい見学者が来ています。大抵は低学年なので、高学年のみんなには「おもてなし」をお願いしています。昨日はF君が見学に来たので、同じ学校のG君は「F君いい子やねん」と何日も前から見学に来るのを楽しみにしていました。実はG君はお気に入りの6年生がすてっぷを卒業してしまうのが寂しくて、自分も通所を止めようかと悩んでいたのです。そんな矢先にF君の見学を知ったのですから、G君の嬉しさはよくわかります。

ただ、6年生も「おもてなし」ミッションに応えようとしていますし、ここは最高学年としてマウンティングしておく必要があると考えるのは無理もないことです。低学年のF君も知り合いのちょっと先輩のG君より先輩風吹かす6年生の言う事に従う必要がありますからG君は捨て置かれることになります。結局あれこれの遊びのエスコート役は6年生に奪われてしまい、G君のF君へのお世話はWiiリモコンの電池切れを直してあげるくらいでした。

2階に上がってG君がしくしく泣いているので、職員が問いただすと「僕が先輩だからお世話しようとしたのに、F君ちっとも僕のこと気にしてくれない」と言います。職員の話によると、その他にもG君が落ち込む原因があると言います。G君が6年生に「F君は僕の親友」と説明したのにF君が「親友と言うほどではない」と発言したこともショックだったようです。まず「親友」定義がF君とG君で食い違っていることをどこかで説明しなくてはいけませんが、学校で唯一の遊び友達である後輩F君の言葉としては痛かったのだと思います。でも、それって先輩風じゃないけどなぁと思いつつ、対人関係の機微が分からず友達関係で苦労する子どもの姿を垣間見たような気がします。

 

 

待ってパニック

Cちゃんが階段のところでかなり長時間泣き続けていました。パニックを起こしたことは分かったのですが、原因は職員から聞かないとわからないので次の日に報告を聞きました。要するに、交渉が成立していたのにその交渉が打ち切られたと勘違いして、驚いて悲しくて泣き続けていたということでした。

Cちゃんはご機嫌で外で遊んで帰ってきました。ドアを開けると目の前でD君がこれまた楽しそうにタブレットで遊んでいたので、「ピンクのタブレットください」とE職員にお願いしたのです。「今D君が使っているから、先生と遊ぶか40分待つかどちらにしますか」と職員が言うので、「待ちます」とCちゃんが言うので、40分間のタイマーをセットしました。Cちゃんこれまでタイマーで待ったこともない長さですから、かなり頑張っていたのだと思います。

それを見かねて、横からF職員が「公園で遊んで来たら終わっているよ」と公園カードを示したと言うのです。それが原因で、先の大パニックが起こったという事です。待ったらできると交渉していたのに、公園に行けと交渉を破棄したのかというふうに誤解したのです。生活の中にはよくある出来事ですが、一生懸命タイマーに従って待っていたCちゃんにとっては、「公園で暇をつぶして来たら?」という指示は難しすぎるのです。良かれと思って横から出した助け舟は、大きなお世話となり沈没したというわけです。

この場合は、使っている子どもはCちゃんの事も理解できる子もいるのですから、「5分で交代してください」くらいの交渉で良かったのです。Cちゃんにはその時間を少しづつ伸ばす取組が必要ですが、いきなりは難しいですし、目の前にない場所を指示されることは、交渉は決裂したと誤解してしまうのです。というわけで、パニックは起こるべくして起こったと言う結末でした。悪気はなかったとは言え、Cちゃんごめんね。

 

 

 

フラッシュバック?

みんなで向日神社に初詣に行きました。小学生が真剣に手を合わせている姿をみると微笑ましいです。神社の参道はいつもは静かなものですが、さすがにお正月期間は人出も多く、ざわついた感じです。するとB君が1年ぶりくらいに走り出しました。B君の注意喚起行動は以前は毎回のようにあって、職員の注目がなくなると事業所を抜け出して、近所のマンションのエレベーターを目的に逃げ回ると言う行動です。

このB君の行動は昨年の今頃を境にして消滅していました。職員が対応を変えたからです。それまでは、自立を目的に自分のスペースで余暇を過ごしたり自立課題に取り組んだりという大人の注目を減らす取組でした。でも、B君は注目が欲しいのですからこの方略では利得がありません。たしかにサイダーやラーメンは好きですが、強化子が大変少ないのでいつもサイダーやラーメンと言うわけにもいきません。

最大の強化子が大人の注目なのだからと思い切って彼の適切な行動はどんどん注目するという作戦に変えたのです。結局、逃げないようにマンツーマン体制が必要なら、積極的にマンツーマンを生かしていこうという作戦です。作業や課題ができたら必ず褒めるというただそれだけの事ですが、大変効果がありました。要するに私たちは、もう中3なんだから自立してよと突き放すことが多かったのですが、彼にしてみれば中学だろうと高校だろうと無視しないでよと言いたかったのだろうと思います。

良い行動に良い注目のサイクルが出来上がると、B君の飛び出し行動がピタッとやみました。お手伝いや身の回りの準備など適応行動も増えていき、B君は注目は逃げなくても得られるとわかったようです。この実践例は私たちも大変うれしかったのと、目からうろこの実践だったので、昨年の成功例の中でも何度か繰り返し報告しています。

今回の参道での飛び出しは、神社の警官詰め所の中にエレベーターが見えたのが大きな原因なのと、お参りの人出の喧噪で周囲がやかましいと言う不快感がかつての不適切行動をフラッシュバックさせたのかもしれません。他にも年末お正月をはさんでの初めての通所で新しい職員がついているというのも少し緊張感があったのかもしれません。エレベーター室が施錠されていたのと、職員も派手に追いかけるという対応をしなかったので事なきを得ました。

フラッシュバック行動のあるASDの子どもは他にもいますが、今の文脈とは全然関係ないのに、不快感情が生じると繰り返してしまうのは本人もつらいだろうと思います。適切な社会行動を増やし安心して過ごせる環境の準備と、不快な事も表現できる表出コミュニケーションのトレーニングを積み重ねていくことが最も効果的だと思います。ただ、道のりは長いです。伴走者としての支援者の腕の見せ所です。

 

 

新年の抱負

子どもたちが通所してきました。今日は向日神社で初詣をして、西山に登って京都盆地も一望でき1年の始まりにふさわしい穏やかな日和でした。書初めで、みんなの抱負が事業所に掲げられました。

さて、NPO法人ホップすてーしょんの今年の抱負は、事業の「SDGs」です。「SDGs」は最近よくあちこちでレインボー輪のシンボルが掲げられて出てきます。持続可能な開発目標という英語の頭文字が「SDGs」です。17の世界的目標、169の達成基準、232の指標からなる持続可能な開発のための国際的な開発目標。 ミレニアム開発目標 が2015年に終了することに伴って、2015年9月25日の国連総会で採択された『持続可能な開発のための2030アジェンダ』 に記述された2030年までの具体的指針です。

国連の目標と民間会社やNPO法人に何の関係があるかと言えば、その17の目標のどれかに貢献することと、それを掲げた団体も持続可能な事業目標を持って共に活動しようと言う意味があります。「3 すべての人に健康と福祉を」「4 質の高い教育をみんなに」「8 働きがいも経済成長も」「10 人や国の不平等をなくそう」「11 住み続けられるまちづくりを」「16 平和と公正をすべての人に」「17 パートナーシップで目標を達成しよう」と7つほどの目標が共有できそうです。

福祉と教育は言うまでもなく、私たちの放デイが子どもたちを対象にして、彼らの苦手とする社会性を無理のない程度に伸ばす取組や読み書きを個性に合った方法で教えていく取組があげられます。就労や公平性については、私たちの職場でも、子どもたちの未来の市民社会でも実現を目指す取組です。そして、それを公的に求めることはもちろん、官民一体になって進められる事業体を目指そうと言う取組です。

SDGsの「持続可能な」というのは、お題目ではないと言う意味と、交渉しながら平和的に達成できる目標と言う意味です。実現可能な目標と実際に動き出す事業を作るという事です。我々の間ではよく「連携」という言葉が多用されます。保護者・学校・行政との連携、事業者間の連携と何度も何度も使われます。これは、笛吹けど踊らず状態が長く続いている証拠でもあります。掲げた目標が、実際に関わる人々の全員の利益になり負担が少なければ、パートナーシップは実現します。WinWinの関係を作るにはお題目にさせない知恵が必要だと思います。

放デイ事業については、PECSの契約を必要な利用者家族と行えるようにすることやトレーニングを受ける職員を増やすことです。読み書きのアセスメントも契約に基づいて実施し、ペアトレの契約希望者実施など専門支援にふさわしいPDCAサイクルを作っていくことが求められていると考えます。放デイの新しいガイドラインが実施される時期(おそらく2024年)までにこのスタイルを定着させていきたいと思います。また、放デイ事業が持続可能になるよう新陳代謝も行い新しい人材を迎えて、安定的な事業展開を目指します。

法人事業については現在のところ京都発達性ディスレクシア学習会の支援のみですが、法人社員も100人規模を目標に増やし、当面は発達障害の方の就労支援も視野に入れて検討していきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

NPO法人 ホップすてーしょん職員一同

新年あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。

「寅」という文字には「まっすぐに伸ばす、引っ張る」という意味があり、家の中で矢を両手でまっすぐに伸ばす様子を表しています。家を表すうかんむり「宀」に、「矢」、ひきとめるという意味の「臾」を足して「寅」という文字ができました。中国の『漢書』では、「寅」は草木が伸び始める状態を表すと解釈されています。

中国伝来の十二支は、もともと植物が循環する様子を表しており、その年の特徴につながるといわれています。寅は十二支の3番目で、子年に新しい命が種の中で芽生えはじめ、丑年には種の中で育つがまだ伸びることができない。寅年は春が来て根や茎が生じて成長する時期、草木が伸び始める状態だとされています。

寅年生まれの人の特徴は、前向きでチャレンジ精神が強く、何事も強い信念と自信をもって挑んでいく傾向があります。行動力に加え社交的なためリーダーに適していますが、自信家で負けず嫌いな性格から反感を買うこともあるそうです。

すてっぷは4年目、じゃんぷは2年目のお正月です。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

すてっぷの営業は1月4日から
じゃんぷの営業は1月5日から

今年もご利用ありがとうございました!

「数年に1度」の強い寒気が流れ込んだ影響で、27日も日本海側を中心に雪が降り続きました。滋賀県彦根市では積雪が平年のこの時期の約36倍となる73センチを記録するなど、近畿北部や山陰で記録的大雪となって閉鎖していた名神高速道路は先ほどやっと解除されたそうです。事業所送迎車は冬はスタッドレスタイヤにいつも履き替えています。開設4年目でやっと日の目を見るかと思われましたが、本日まで雪はちらついたが積雪量はゼロということで空振りです。しかし、積雪があると、そもそも周囲の車がノーマルタイヤですから送迎車だけが雪タイヤを履いていても、衝突の危険率は高まりますので降らないに越したことはありません。

今年も無事に最終日を迎えました。今日は大掃除ですから子どもたちには早く帰宅してもらいます。昨年は、小学生卒業後の行き場がないのでじゃんぷを作ったけど、思うように利用者が増えないとぼやいていました。お陰様で1年たってやっと人件費と収入がバランスするようになってきました。新しい事業所の内容について理解してもらうには時間がかかります。高学年以降の学習障害のある子に自学自習ができるように支援していくためには、まず自分の力で通所してほしいというのが条件なのですが、「送迎があればいけるけど」という答えが返ってきます。自分で選び自分で決めるというのが高学年以降の子どもにとってはとても大事です。もちろん、選ぶものを紹介してあげたり背中を押してあげるのは家族や関係者の役割です。

低学年の時期は、行けば楽しいことがまず重要です。でも、その楽しさですら、長続きする楽しさや仲間で共有する楽しさを得ようとするなら、学びが必要です。それは暗黙の了解や常識という通常は見聞きできない約束事や、相手の心の動きが見えにくい子どもたちにとっては、前もって学んで取組んでみることが大事です。私たちが、子どもへの予告や約束、交渉や契約が大事だと言う所以です。そして、約束通りできたことは何度でも賞賛されたりご褒美があり、皆と楽しく過ごす体験を積み重ねていく中でこそ、本当の楽しさを知れるのです。その中で最も必要なスキルは表出コミュニケーションです。自分の欲しいものややりたい事が他者に表現できないと、交渉が成り立ちません。大人が決めつけたり押し付けたりしている約束は、自分の目的とリンクしていないので、約束はいつまでたっても本物にはなりません。交渉が成立して自分の目的も達成させる中でこそ約束=真の社会性は身に付きます。

そんなことを、あぁでもないこうでもないとブログに掲載し続けて、なんとホームページの閲覧者は、1千万ビューを超えた7月から半年で500万ビューを増やして、1千5百万ビューを超えました。これは、毎日3万回の閲覧を得ていることになります。兼好法師の徒然草の冒頭のように、「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」風なブログなので、読みづらいし論理が一貫していないものもあったかと思います。そこは徒然草の冒頭の最後「(思わず熱中して)異常なほど、狂ったような気持ち」になっているのだとご理解いただき笑っていただけたらと思います。2千万ビューはこのままいけば半年後の予定です。ではみなさん、良いお年をお過ごしください。

読み書きのアセスメント

先日AさんのKABCーⅡ検査と発達性読み書き障害をスクリーニングするSTRAW-R検査を終えました。KABCーⅡ検査をしたのは、ご家族から進路にむけて知能検査面から説明を受けたいというご要望があったからです。認知面だけ検査するWISCーⅣと違いKABC-Ⅱは学習到達の状況も把握できるので、学習状況が正確に把握できない学校以外の施設で実施する検査に向いています。

そこでわかったことは、【認知総合尺度】と【習得総合尺度】はどちらも通常レベルとの境界域にありバランスが取れていることでした。詳細に見ると法則性を掴んだり吟味して推理する計画尺度が本人の平均値より低いことや、一般知識が少ないことでした。認知力の割に、学校での学習が、よく言えば無理をしていない事なのですが、理解できそうな事が教えられていない事が気になりました。おそらく支援学級在籍で教えられなかった事が多かったのではないかと思われます。

或いは、読み書きを中心とする普通の学習アプローチでは教えにくいことがあったのかもしれないと思います。そこで考えられるのは、興味の限局やこだわりによって新しいことを受入れにくかったか、文章がすらすら流暢に読み書きできない事が学習性無力感を作ったか、またはその両方があったと思われます。これを探る必要があったので、STRAWーRでスクリーニングをしてみました。すると流暢性かなり低く、RAN(rapid automatized naming=音読の自動化速度)課題が低学年並みの速度しかないことがわかりました。

おそらく、Aさんは音読は辛うじてできるけど読む速度が遅く、自分で読むには相当のパワーを必要としているのかもしれません。つまり、読書をするととても疲れてしまい意味を掴んで興味を持つところまで行きついていなかったかもしれないのです。もちろん、特性によるこだわりの線も捨てきれませんが、読みに問題がありそうなことは分かってきました。特支級に入ると勉強できない理由が、知的な遅れが原因とされやすく、適切な学習アプローチが明らかにならないことが少なくありません。まだ、はっきりわかったわけではありませんが、丁寧に検査返しをしていこうと思います。

興味本位

小学生二名と公園からの帰り道、Xさんが「質問しあいながら帰ろう」という事になりました。おそらく、Xさんは新しい職員のY先生の身上を知りたかったのだろうと思います。「え~っと、好きな食べ物は?」「プリン」「焼肉」「もみじ饅頭」などと「へー」を繰り返しながら楽しく帰りました。ところが、Z君は聞かれてもいないのに、好きな漫画のキャラクターの話やらを延々とするのでXさんが「Z君!」とたしなめました。

「あのね、これはZ君の興味のあることを説明するんじゃないの。一人ひとりが質問に対して、簡単に応えていく場なの。わかる?」。Z君はそうですかと頷きながら、また自分の番が回ってくると「なんで好きかと言うと・・・」と説明を始めるのです。Z君は人の趣味にはほとんど興味がないのですが、自分の興味のあることはみんなに説明したくて仕方がないのです。

Z君は来年中学生です。彼の町では市内の公立中学校が選べます。彼は将棋クラブに入りたいのですが、近所の中学校二つには将棋クラブがないので困っているとのことです。だったら、地域の囲碁将棋クラブもあるから無理して将棋クラブだけのために遠くまで通学しなくてもいいよと伝えていますが、彼の関心は通学距離よりも将棋なのです。また、Xさんに「あのね」と説明してもらおうかな。

大縄跳び

子どもたちに大縄跳びを取り組んでいます。W君は跳べるには跳べるのですがどんどん右寄りになっていくので回し手の職員も右へ右へと移動することになり、それに気づかなかった後ろの子どもたちが引っかかてしまって、全員で回数が稼げない問題が生じています。どうすれば、W君の右傾化を修正することができるのか考えてみました。

W君は空間認知が悪いと言われています。乗ってきた車の位置を覚えられなかったり、大好きなPCのキーボード位置がなかなか覚えられないなどがあります。他にも、毎回送迎車の右から乗降するのに運転職員の動きにつられて左側に来てしまうことです。これは多分空間認知だけの問題と言うより、動くものに過剰に反応しやすくそちらを見てしまう癖が強いのだとも思います。

下手なスキーヤーは木や崖など行ってはいけない危ない方を見てしまうので、どんどん危険な方へ吸い寄せられるように進んでしまう現象と良く似ています。論理派のW君にはこの動きをビデオで見てもらい、自分が回る縄の方向を見ていることを確認してから、人は見たほうに体が向くのでそこに移動しやすいという理屈を教え、縄は見ないで正面を見ることで練習してみようと思います。乞うご期待。

冬休みに、良質の睡眠が得られるように

支援学校では冬休みが始まりました。多くの生活型放デイは冬休みの子どもたちの適度な運動保障や社会性が発揮できる場を用意するために朝から営業をします。今日も朝からお天気で子どもたちは西山や公園へ出かけました。風はすこしあるけれど、お日様が当たっている場所はそんなに寒くはありません。日光を浴びることで、体はセロトニンを作り出し、夜には睡眠ホルモンのメラトニンに変化させると言われています。夜中にぐっすり眠れるように子どもたちは昼間はしっかり活動するようにしていきたいと思います。

V君は睡眠がうまく取れなくて、昼夜が逆転しがちな子どもです。ASDの子どもの中には睡眠障害のある人が少なくありません。朝早く起き出しているので昼食後は眠くなり学校で眠ってしまったり、事業所への送迎車の中で眠ってしまったりします。そこで、V君を担当している職員によって眠ったV君を起こすべきか眠らせておくべきか意見が分かれます。今寝かしてしまうと、良質の睡眠ができず寝たり起きたりで生活リズムが作れないので起こそうとする人と、眠いのに起こすと機嫌が悪くなって指導者との関係性が崩れるので起こさないと言う人です。

どちらにも一理ありますが、現実は、昼寝れば夜寝るのは遅くなり家庭で明け方近くまで寝ていられるという家族のニーズがあります。ASDの睡眠障害は短時間しか眠れないという子どもも多いようです。そんな場合に家庭で早く寝かしてしまうと夜中起き出して、家族が眠れないという場合が少なくありません。睡眠不足は健康破壊の原因ですから、家族の健康を優先するには、短時間しか寝てくれないV君が真夜中に起きないように、遅くまで起きていて欲しいのです。

V君の家族の願いは、V君も同じように朝まで眠ってほしいことですから、昼間に眠らせておくのも、家庭全体の健康を守るという対症療法としては仕方がないのかもしれません。子どもが夜中に起きてしまう、眠ってくれないと言うのは保護者にとってはつらいものです。ただ、だからといって療育機関である放デイがV君の休憩所になっていいものかどうかは、とても迷います。私たちにできることは、できるだけ外に出て日光を浴びて体を動かしてセロトニンの産出を促し、それを原料にメラトニンを増やし、良質の睡眠が得られるように努めることしかないようです。それでも事業所で眠ったときは家族の健康も配慮してケースバイケースで考えて行こうと思います。

K先生のじゃんぷ通信

K先生のじゃんぷ通信

年末が近づいてきました。
じゃんぷは2020年10月の開所から丸1年、おかげさまで利用者様も職員も増えて、去年よりずっとにぎやかな年末となりました。今年はクリスマスツリーに飾るリースを放デイで作ったり、(まだ年内ですが)書き初め企画をしたりと、利用者さんが増えたからこその学習以外の活動も充実してきました。

個別的な支援の中で、アセスメントをしながら読み書きや学習活動の基本から指導をしていきますが、「本当に力がついてきたなぁ」と感じるのは勉強場面だけではありません。数の理解や読み取りの力が伸びたことで、UNOやババ抜き、神経衰弱といったゲーム遊びの楽しさがわかるようになった1年生、おやつを食べながらのちょっとした読み聞かせを楽しみにしている3年生、ホワイトボードにその日の来所メンバーの名前を書いたり数字のクイズを作ったりするようになった読み書き困難のある2年生。

特に低~中学年さんの時期は、遊びや自由なかかわりの中で自信がついてきた力を、生き生きと発揮していきます。遊びの中味や質も、自分達で変えていきます。そんな子供達の姿が見られるのは、勉強も遊びも一緒の時間に行う放課後デイの醍醐味だなと感じます。

「勉強キライ」「今日はちょっとヤル気出えへん」と本音ももらしながら、やって来る子供達。穏やかな放課後の時間の中で、いざ机に向かえば、できそうなところは「ここは自分でできるし、何も言わんといて」と、一生懸命問題に向かう子供たちを見ていると、できない…難しい…という不安や弱音の向こう側に、やっぱり一人でできる!という実感や自尊心を、どの子も求めているのだなと感じます。

来年も、利用するお子さんにとって、穏やかに自分に向かい合い、適切な手助けを受けながら少しがんばれる、…そんな環境の一つになれますように、と思う2021年の年の瀬です。

 

子どもの最善の利益を考える

放デイにいるとたくさんの相談支援事業所の相談員と話をします。発達障害の事をよく理解されているなと思う人もいますが、知識の少ない人もいます。知識が少ないなら少ないなりに分からないことは保護者や事業所に聞けばいいのに、対象者が多くてそんな暇はないと言われます。いったい何のために相談事業をされているのかなと思う事もあります。

同じことは自治体の担当者にも言えます。子どもの事をよく知らないなら、保護者に電話する前に子どもを見に行くのが先決だと思うのですが、そんなことをしていては時間が足りないと言われます。だったら、事業者の言う事を信じてほしいと思うのですが、そういう方に限ってマニュアルの字句通りに判断しようとします。そして、現場に聞き取りもなく先に判断して支給に関する決定を突然現場に通告してきます。

確かに、サービスの支給量の決定権は自治体にあります。しかし、措置制度から契約制度に変わって20年近くたつのに、いまだに昔の感覚でお上が決めるのだから口をはさむなとばかりの高圧的な方もいます。いったい何時代かと思います。なんのために相談支援事業所がかくもたくさんできたのか、それは行政の仕事を肩代わりするだけの意味ではなかったはずです。

利用者に寄り添い丁寧に話を聞き、サービスの仕組みを説明をして利用者側の理解を得ていく相談のプロセスの中で、これはサービスにつなげる必要があると判断するのは事業者です。個別の理由を行政に説明する中で行政にも理解を得てサービス支給量を決定していくのです。決して行政が一方的に決めるのではなくよく相談をして決めるのです。マニュアル通りにやるなら機械にやらせた方が公平です。なぜそこに相談事業所があり人手を割いているのか考えてほしいです。

相談員は利用者に寄り添い、行政官は規則に寄り添いながらも、双方が話し合うのは利用者ニーズと行政規則の双方をすり合わせて、最善の解決をしていくためです。利用者側に立てない相談事業所は生き残れないし、相談事業者の提案を規則にないからと跳ね返してばかりいる行政官はAIにでも変えればいいのです。誰のために働いているのか、世知辛くなるとそこを忘れがちになるので、いつも原則に立ち返ってほしいと思います。

相談支援事業所とは 相談支援専門員が障害のある方やその 家族から相談を受け、様々な情報の提供や助言、及び福祉サービスを受けるための手続き等をお手伝いします。情報の提供をはじめ、必要に応じて行政機関や障害福祉サービス事業所とも話し合いを行い、子どもの利益を最優先にするための機関です。

ボールのやり取りとコミュニケーションレベル

Tちゃんが対人で向かい合ってボール投げやボール蹴りができないと職員が困っていました。Tちゃんは話し言葉がなく自分のつもりだけで動くので行方不明になりやすい子どもですが、しつけられた衣食のスキルは問題なくできる子どもです。Tちゃんの生活スキルだけを見ていると遊びもそれと相当なことが出来そうに思うのは無理もいないことです。

Tちゃん達は大人とマンツーマンの事が多く集団遊びが足りないので何か取り組めないかと提案されていました。そこで、先輩のU君やR君と一緒にボール投げやボール蹴りに取り組もうとしたのです。しかし、Tちゃん愛想はいいのですが、ボールが来てもそれを弄んでみたり座ってみたりするのでやり取りが成立せず遊べなかったというのです。

実は、コミュニケーションレベルとやり取り遊びは連動しています。コミュニケーションは相手からのメッセージを受信して返信していくというやり取りです。ボールのやり取りも言葉ではありませんが、そこに相手へに向けた意味があります。何も言わなくてもボールを相手に投げることは「うまく受けて返してね」という意味がこめられているのです。この意味を双方でやりとりするのでボールのやり取り遊びは楽しいのです。

この自分に向けてこめられた意味がわからなければ、ただ目の前にボールが転がってきただけなのです。向こうで職員が「こっちこっち」というから投げてはみますが、なんのために投げたか意味が分かりません。だから楽しくないのです。つまり双方のコミュニケーションが成立するには媒体が難しすぎたのです。簡単にするにはボールを相手に直接渡して「どうぞ」「ありがとう」の関係です。これなら渡すと言う意味は分かるし、距離が近いので気持ちも切れにくくなります。

Tちゃんには、PECSを取り組んだ方がいいねとご家族とも話しています。絵カード交換は、意味がカードに書いてあります。ボールに暗黙の意味を込めるのもすぐに意味が消える音声もよく似ています。私たちが絵カードコミュニケーションに力を注ぐ意味はここにあります。そして、Tちゃんに向いた集団遊びはみんなでつながって遊具をはしごしたり、向かい合って遊具で遊んでみる並行遊びが丁度いいかもしれません。楽しいねという情動を共有する場を作ることから丁寧に取り組みたいと思います。

 

支援計画作成の舞台裏

支援計画懇談が年度末にむけて始まりました。30名近くいる利用者の保護者に営業時間の限られた時間(午前中)内に来てもらうとなると、一日一人が精一杯ですから、毎日続けても2か月弱かかります。他にも、見学やら会議が入りますので、3か月弱は考えておくと、春休みに入れば朝から子どもたちが来るのでできないから、今頃から始めないと年度末中に終わりません。

長期休業以外の月に分散させても半年に1回支援計画は見直すので、1か月換算すれば10名にするか7名ほどにするかの違いなので、それなら実践計画や教材づくりに集中できる平日営業日を3か月間を作ろうということで、支援計画と計画懇談の期間を設けています。長期休業で全日忙しい3か月、教材づくりや実践の工夫をすることに集中する3か月に比べ、計画作成に関わる期間は6か月です。現場では計画作成に関わる時期が長すぎると感じています。

さらに、じゃんぷなど個別療育型事業所では週当たりの利用が1回だと、経営を成立させるためには利用者数をすてっぷの3倍程度に増やす必要があります。しかし、利用回数が少ないからと言って、機械的に作成時間や懇談時間を3分の1にするわけにはいかず、計画作成に関わる時間は大して変わらないので、支援時間に比べ計画作成にたくさんの時間をかけることになります。

それでも、利用者の保護者からは、他の事業所には見られないほど丁寧でわかりやすい計画書の説明だと感謝されることは多いです。そして、保護者理解が得られてこそ、全体で取組むことができ、子どもは変わっていくのですから、あまり機械的に時間を減らすのもできれば避けたいです。ただ、時間をかけたから理解が得られるのではなく、優先順位を明示して端的に説明することが大事だと心がけてはいます。

職員にとっても、自分の書いてきた計画やまとめを集団的に議論する中で、新しいことに気づいたり工夫が生まれたりしますから、大事な作業ではあるのです。それにしても、満足の得るものを作ろうとすると時間がかかります。毎回同じ計画を掲げているなぁと反省する子どもも出てきます。堂々巡りに行き詰った時は専門書を読んだり研修会に行ったりする必要がありますが、なかなか経営上難しい課題です。今回は、支援計画の舞台裏、楽屋話を書きました。ぜひ、事業所同士で個別支援計画の作成についての工夫などを交流するために話し合いたいものです。

できるようになっても褒めてあげよう

つい最近まで壁によじ登るわ、思い通りにならなければ叫ぶわ、衣服が少し濡れただけで素っ裸になるわのSちゃんが、最近とってもいい子だと評判です。不適切行動への最後の取組が9月頃、事業所に入る時の「こんにちわー」の大音声を、「2の声でお願いします」とあらかじめお願いして【2の声でお願いします : 10/13】、最近はひそひそ声であいさつをするSちゃんです。そこまで小さな声でなくてもいいのですが、やや小さいの調節はSちゃんには難しいようです。職員はSちゃんの小さな声でも必ずこんにちわと返すようにしています。それでSちゃんは満足なのです。

でも、賢くなったと言われ「普通になった」子どもは職員からの注目を浴びなくなります。特にASD児の場合他児ほど人に関心を示しませんから大人の方も忘れがちになります。しかし、それでは子どもは人に注目を向けないまま育ってしまいます。普通にできたことでも頑張っているんだと理解して、「上手だね」「偉いね」「すごいね」と声をかけてあげて欲しいのです。失敗しても大人の修正支援を受ければ褒めてもらえると言うことが記憶に残れば、今後も支援を受けやすくなります。

支援の「アフター支援」を確実にすれば、支援を享受するための関係性がしっかり結びつけられます。修正支援を受けた後は、しばらく褒めてあげることが大事です。できるようになったから褒めないのではなく、「よく覚えていた」「毎日頑張っている」ことを褒めてあげて、支援を受けて良かった感情をしっかり刻み付けてほしいと思います。そして、褒めている職員を見つけたら、職員の頑張りも褒めてあげて欲しいです。叱る事にはたくさんのリスクが付いて回りますが、褒める事にはリスクもコストもかからないですから。

 

文字が好きになる支援

R君が最近漫画の本を家で読んでいると聞きました。文字を見るだけで嫌悪感をあらわにしていたR君が漫画の吹き出しを読んでいるというのです。しかも、クリスマスのプレゼントのR君のオーダーは漫画本だそうです。えー字が嫌いだったのではないの?字をみたらイライラするんじゃないの?とこれまでのR君を知っている職員はびっくりです。

以前【発達検査でわかる事:10/20】でも書きましたが、遊ぶ仲間が変わり興味が増えるにつれ自分から文字を読むことが増えた印象があります。その変化に同期して認知力が向上したという知能検査の結果が出たのです。以前ブログに掲載した読み書きに障害のあるドローン操縦士の髙梨智樹さんは、オンラインゲームにハマり知らない相手にチャットを打つのが楽しくてローマ字入力が身についたそうです。R君も友達とマイクラ等でパソコンを使う事が多くなってから文字への抵抗が薄れてきています。しかも、R君には発達性読み書き障害はなかったので上達はあっという間でした。

R君が文字を嫌うようになったのは、スタンダードな文字の教え方をしたからです。通常、ひらがなを教える時、読めたらすぐに書けるように文字を練習させます。これは伝統的な「書いて覚える」という指導法です。R君の場合それがいけなかったのです。R君はASDでこだわりがあります。文字を見ると自分のこだわりで下から書いてみようとしたり、そっくりに書かないと気に入らないのでものすごく書写速度が遅くなり、その分練習量が確保できません。

そして、書き順についても周りの大人が「ちがうちがう」とダメ出しを連発します。ASDの低学年児に「ちがう」「まちがい」「ダメ」「✕」はご法度です。文字の練習のたびにこだわりが認められず、ダメ出しが続けられたR君は「文字なんて嫌だ」となったわけです。ところが、友達と共通の遊びでPCを使ったり将棋に興味を持ったりする中で文字にアクセスしないわけにいかなくなったのです。好きな事なら頑張れたというわけです。

そんなわけで、ひらがなカタカナも簡単な漢字もR君は自学自習で好きなことを支えに自分で獲得したのです。きょうだいの読んでいる漫画も面白いことに気づいたようです。漫画は全て文字にルビがふってあるので知らない言葉でも読めるし、絵で何となく意味がつかめるからです。こうしてR君は今も新しい言葉を仕入れて「勉強が楽しく」なってきたそうです。

周囲の大人はてっきり発達性読み書き障害があると思っていたのです。ASDの特性を考慮していない文字の教え方が原因で、文字を嫌っていたとは夢にも思いませんでした。自分の感情にも気づかず、言葉でもうまく表現ができない低学年期のASD児の行動は大人に誤解されやすいのです。我々も専門家でありながら2年もそのことに気づかず、発達性読み書き障害を疑っていたのですから、R君には申し訳ないと思っています。そして、まさか遊び集団を変えることで勉強が楽しくなるきっかけを作るとは思いもしませんでした。

字が読めることができれば新しい知識はどんどん入ってきます。今回の検査数値の急激な上昇もこのことと無関係ではないようです。もともと、低学年の時も文字を読む力はあったけれど、新しいことを学習する力が弱かったのです。こだわりへのダメ出しに過敏に反応していたのです。ASD児への教え方の王道は好きなジャンルから攻めることです。それは、どの子も同じですが、特にASD児はこの事が重要だと改めて思いました。

注意されたことは忘れる?

Q君が「事業所に早く着けばタブレットでゲームする時間伸ばすって約束だったよね」と職員にいうので「それはQ君が勝手に言った事で約束はしていないよね」「約束は双方が合意しないと約束って言わないよ」と懇々と職員が話すにつれて、Q君の顔色が暗くなっていき「約束したやんけ」とうめくように呟いて塞ぎ込んだ様子で事業所に入っていきました。

Q君は、こうした記憶違いがよくあり、それを大人から訂正されても翌日には忘れていることが多いです。あたかも記憶を飛ばしているようにも見えるのです。しかし、一方で服薬調整が成功したこの半年間は、自分の感情のコントロールがとても上手になり、友達もQ君はこのごろ怒らなくなったと評価しています。残っているのはこの思い違いと、注意されたことが記憶に残らず、注意されるとおなかが痛くなることです。

逆に、褒められたことで翌日にその行動を忘れることはありません。どうやら、注意されてブルーな感情に落ち入ると、記憶が残らないようです。友達と興奮してディスりあってお互いにあそこまで言うことはなかったなという結論があっても、次の日また同じように喧嘩していることが多々あり、周りの子どもは「また同じ事言って」と次第に相手にしなくなるのですが、Q君は気づいていないことが多いのです。

Q君は気分が崩れてしまうような失敗経験は学習が成立しないようです。良かれと思ってQ君を安易に注意するよりも、あらかじめ約束をして、うまくできたことをほめて、良い経験の学習を成立させることが大事なようです。職員にも、Q君には苦言よりも誉め言葉と頑張った彼へのリスペクトが重要だと話しています。Q君が背負ってきたこれまでの体験が、嫌な気分から記憶を飛ばす癖を作っているなら、これからは良い気持ちで学んだ記憶を増やしていくことを支援しようと言うことです。

大人から逃げ出す子

Pちゃんが、公園で最近大人の顔を見ながら逃げようとするそうです。Pちゃんは前にも行方不明になったことがあり、安全のために目が離せないのでマンツーマンの体制にしています。以前の事は、自分の行きたいところがあって勝手に出て行ったというのが理由ですが、今回は「逃げますよ」と大人の顔を見ながら気を引く注意喚起になっているところが違うと言います。

子どもがその場から逃げていくのは、その場が面白くない、飽きた、退屈だと言うのことでしょう。気を引きながら逃げていくと言うのは、追いかけ遊びの期待かも知れないし、大人が驚く顔が面白くて、やり続けているのかも知れません。そして、根本的な原因はPちゃんがいなくなるかもしれないと言う不安から、大人がべったりついてマンツーマンでいることがこうした注意喚起行動の原因ではないかと話し合いました。

もちろん、どこかに行ってしまっては危険なので目は離せませんが、そうなると職員とPちゃんだけの関係になってしまい、息が詰まりそうです。公園には他の仲間たちも来ており、この人たちもお話が出来ず障害の重い子ども達もいますが、別に一緒に遊ぶことが嫌いなわけではありません。お互いにボールを転がし合って遊んだり、手をつないでくるくる回ったり、パラバルーンを持ってきて遊んだり、ロープでつながって電車ごっこをしたり、遊具遊びでつながって遊んだりと一緒に遊ぶ中身はいくらでも考え付くはずです。

ところが、マンツーマンの体制を作ってしまうと、この子は私の担当だからと子どもとの距離が縮まって子どもの側からすれば息が詰まるような関係性になってしまいます。不思議なもので、そんなに息苦しいなら逃げだしてしまえばいいのに子どもはそうはしません。逃げるふりをしては追いかけて来いと誘うのです。つまり、閉じた関係性の中で遊ぼうとするのです。大人は「こらこら」と追いかけます。逃げるよと振り返る注意喚起行動はこうして強化されていきます。

マンツーマンが必要な子どもであればあるほど、子ども同士の関係性を意識して作り出す必要があります。皆と一緒にいれば楽しいことがある。この遊びはみんながいるから楽しい。という経験が蓄積される中で子どもの関心は大人よりも仲間に向いていきます。大人方逃げ出す子にはお友達が見えていないのです。楽しい遊びの経験ができるように、大人も担当の子どもの方ばかりを向くのではなく、他の職員と一緒にみんなで遊ぶ楽しさを演出することを大事にしていこうと話しています。

 

 

悪さを真似をするギャングエイジ

小学生になると子どもたちは急速に仲間意識が発達し、今まで以上に友だちとの関わりを求めたり、遊ぶことに喜びを覚えたり、生きがいを求めるようになります。ギャングエイジのグループは家族以上に大きな影響を持つものであり、子どもは大人から干渉されない自分たちだけの集団であることを望んでいるのです。

ギャングエイジの特徴としては、子ども間で共有する価値観や行動様式を重視し、徒党を組み、画一的な行動をするようになります。集団は5~6名で構成されることが多く、結合性が強く、秘密主義に満ち、外部に対し対立的、閉鎖的に振舞います。子どもたち自身の世界の成立を意味し、青年期への準備期間の役割を持つと言われます。

ところが、現代のこどもは、「ギャングエイジの欠如」が問題とされています。徒党を組む機会がないのです。スポーツ少年団や塾は大人の言いなり、学童保育や通所療育も大人の介入が入ります。子どもが自分たちだけで隠れる暗がりはある程度必要です。いじめも縦割り集団とギャングエイジ活動が欠落した結果の現象かもしれません。

発達障害の子どもにとっても、この集団は必要です。悪いことでも徒党を組み、悪さが発覚して全員が叱られる場面は子どもにとって必要な栄養です。P君が構造化された集団場面では丁寧な言葉遣いなのに、先輩が悪態をついた課題のあとでは自分も同じように悪態をつくと報告がありました。無理もないよねというのが職員の感想ですが、保護者にしてみれば悪態を覚えるために療育に来ているのではないと思う方もいるかもしれません。

仲間とともにありたいというのが、ギャングエイジの願いです。考え方も、行動様式もしゃべり方もまねようとすることで、親から仲間へ帰属意識を移す訓練をするのです。当然間違いや失敗も生じますが、それが大人の前で顕在化した時が成長のチャンスにもなります。この時に、支援する大人の力量の真価も問われます。

失敗を叱るだけでなく、もっと良い方法がなかったのか問いかけ、リカバリー策をこども集団と支援者が一緒に考えることで一人づつに働きかけるより大きな成長が見られることもあります(支援が下手だと全体の質を落とす危険もあります)。親は集団や経緯を見てないので、ハラハラしますが、職員は子どもを泳がせてタイミングをはかっています。情報は緻密に収集しているので、放置しているわけではありません。でも、心配な時は職員までご相談ください。

 

 

質問癖

O君は、新しい人を見ると体重と身長が聞きたくなります。べつにそれでどうという事はないのですが、データーを集めるのが趣味なのです。以前は【太ってるね: 2020/03/04 】で掲載したように、太っている?質問の真意は、おはようこんにちわのあいさつ時間の境界線のようなもので、基準が気になっているだけなのですが、今は興味が移って、ただ単にパーソナルデータを集めたくてしょうがないのです。今回は、新人男性職員が入ってきたので、いそいそと「身長は何センチ?」と聞いていました。

女性の場合は、体のサイズの事は聞くと失礼だから聞いてはいけないと諭されていたので、新人女性職員が入っても彼はかなり我慢をしていたのです。今回は男性なのですごく喜んで聞きに行ったということです。データ取集の間があくと禁断症状がでてきて、近所のコンビニのアルバイトのお兄さんにも突拍子もなく聞いたりしていました。職員から「たまにしか会わない人に聞くと男性でもびっくりするよ」と説明を受けましたが、「それは分かっているけど、もうがまんができなくなって、欲望に負けるねん」と告白していました。

物や現象なら観察したり書物やネットで調べられますが、人のパーソナルな情報はその人に聞くしかないです。個人情報に関心を持ったばかりにO君はマナーとの狭間で大変苦労をしています。他の事なら研究熱心と言われるだけなのに、パーソナルなことに関心を持つと誤解されることが多いです。その溢れ出るエネルギーを他の事向けることはできないかとも思うのですが、こればかりは仕方がありません。欲望に負けてはならじと踏ん張っているO君を励まし支え続けていきます。

 

言葉遣いと友達関係

低学年のL君の言葉遣いをめぐって先輩たちの間でホットな議論になっています。先輩たちは、L君の口の利き方で一番気に入らないのが呼び捨てで呼ぶことだといいます。普段は「俺はちゃんや君付けで呼ばなくていい」と言っているM君までが、先輩の呼び捨て方が癇に障るといいます。あんたたちいったいどのお口でそんなこと言っているのと思いますが、人の事はよくわかるのです。

あれでは友達ができないと1年上のN君も断言します。要するに先輩たちは先輩への言葉遣いを謙れと言っているわけではないようです。自分たちだって敬称抜きで友達と名前を呼び合って遊んでいるからです。何が違うかと言うと彼らも正確には言えないのですが、名前を呼ぶ時の声のトーンや音量のようです。遠くから大声で先輩の名前を呼び捨てるように言うから先輩たちはイラついているのです。

でも、L君に全く悪気はないのですが、先輩たちは悪意があるように聞こえるのです。それ、あんたらもやけどなと教えてあげたいのですが、相手がどんな気持ちになるかについて見えない人にはなかなかむつかしいです。先輩たちだって呼び捨てて呼び合っているじゃないかとL君は思っているのです。でもそれはTPOがあるのですが、それは言外にあるルールです。従って、名前を呼ぶ時は近づいて行って、笑顔で小さめの声で呼びかける、できれば敬称はつけたほうが誤解されないという事を、L君に伝える必要があるようです。友達と衝突が多いというL君の学校や学童保育の課題がなんとなく見えてきました。

京都市内巡り

今日は小学生の「京都市内巡り」の日です。お天気も良く、市内は観光客であふれかえっていますが、地元の駅からみんな元気に出発しました。今日の予定は京都駅で市バス1日乗車切符(350円)を購入して、金閣寺、清水寺、二条城、東寺と回ってくるはずです。前回、この企画の経緯について【清水って水の上に浮かぶお寺ですか?10/16】 で掲載しましたが、実はみんな前の日はドキドキだったようです。

K君は昨日、送迎車の中で「僕、絶対財布落とすからもう行きたくないねん。考えただけで吐きそうや」とナーバスです。実はK君、その日公園で上着を忘れ、車内に帽子を忘れ、とどめに連絡帳を事業所に忘れています。今日は激しいねぇと聞くと、「もう無理、明日お金なくして京都市内から走って帰ってこなあかん」と落ち込んでいます。

みんなで行くから大丈夫だよと励ましてはみましたが、暗い顔で自宅に帰っていきました。公共機関を一人で利用したことがないというのが、プレッシャーのようです。皆で行くから、助けてくれるとは考えられないようで、一人で何とかしなくてはというのも彼ららしい思考パターンです。大丈夫、助けてと言えば知らない人でも助けてくれるよと言えば、「もしも極悪非道人やったらどうする?」と悪い方ばかりに想像が進みます。どうなることやら、土産話を楽しみにして待っています。

「聴覚法」効果あり!

最近J君から、PCのキーワード検索する時にキーボード打ってほしいと言う要求がなくなったと職員の間で話題になっていました。J君は今は一人でiPadの50音表で検索キーワードを打ち込んでいます。まぁ、これまではパソコンのキーボードなのでローマ字入力もできないから仕方がなかったのではという職員もいますが、PCでも50音表を出して入力することは可能でしたがそれすら煩わしがって、職員に入力をお願いすることが多かったのです。

J君はおそらく(医師の診断がない)発達性ディスレクシア(書字表出障害「ディスグラフィア」を含む)で6年の1学期ですら50音表が頭に入っていなかったのです。それに職員が気づいたのは車で出かける時にカーナビの検索をお願いすると、50音表で入力するとき文字の位置がわからず、文字の形を探して入力するので、検索がものすごく遅くもしやと思って、1学期から50音を暗唱する聴覚法に取り組んだのです。

聴覚法と言うのは極めて簡単で短時間のトレーニングです。ただ、機械的で面白いものではないので、自学自習は難しく、大人が毎日ついてあげる必要があります。J君は週3回通所しているので、毎回5分~10分取り組めば、効果が上がるはずだと4か月ほど経過しました。このトレーニングは、読み書きの苦手な人は、すらすらと頭の中に50音が思い浮かばない事が原因だと言う仮説の元に、頭の中に九九を覚えるように50音を「あ~ん」まで唱えて音で50音表を記憶してしまうという手法です。

ひらがなの読みから書きカタカナへと進み通常半年ですらすらと50音の読み書きが可能になります。J君は本は大好きな軍事ものや無線関係はむさぼるように読むのですが、書くのはからきし遅いです。読みも、間違えて読んでいるものもあります。今回はタブレットの50音表入力が苦労なくできるようになったとのことですが、これは頭の中に50音表が音として入ったのだと思います。

4か月でひらがな入力がものすごく楽になったJ君ですが、最初は「俺はあほやから訓練しても変わらん」と自分のことをよく卑下していたものです。最近は自分をディスることが少なくなりました。ひらがなの入力がスムースになるだけでも自己イメージは相当変わるという事です。書くことは視知覚や不器用の問題もあり訓練コスパが悪いので、キーボードでのローマ字入力を勧めています。これも今はかたくなに拒否していますが、アルファベットでローマ字音が頭に入れば気持ちも変わるはずです。

不安と行動

H君が、I職員に抱っこをしてほしがるのは、お母さんが入院していることと関係あるのかという話がありました。家庭環境が変わって母がいなくて寂しくて不安で他人に抱き着くのだろうという推測です。確かにH君は不安かもしれません。しかし、不安だから抱き着く行動がH君に起こるかどうかはわかりません。

それは、他の職員には抱っこをしてほしがらず、特定のI職員にのみ要求するからです。たぶん、以前にもI職員がH君の担当で抱っこ経験があったからだと思います。その時はお母さんは入院していませんでしたが、H君にしてみれば、抱っこをしてくれる職員としてインプットされていたのではないでしょうか。

H君は散歩でも疲れてくると、職員に抱っこを要求します。これも、歩けないのではなく、散歩の場面ではよくそうして大人が抱っこしていたのかもしれません。もうすでに抱っこに耐える体重でもなく、一人で歩ける足腰になっていますが、H君の中では、これまで抱っこしてくれたのだから同じように要求しているだけです。

話は翻って、私たちは子どもの行動から子どもの感情を類推しています。しかし、子どもにしてみれば以前も同じようにしたので今回もそうしているだけという場合も少なくありません。確かに、H君の感情を理解して支援に生かしたいとは思いますが、こちらの思い込みで行動を受け止めても子どもに違うメッセージを送ってしまうので、判断が難しいねと話しました。

やり直しは最後までフォロー

6年生のE君が帰り際車に乗せてもらう時に、F職員を呼び捨てにして声をかけたと言います。それを聞いていたG職員が「E君、やりなおし」と適切な声掛けをするように注意したそうです。「で、そのあとE君はどうなったの?」と聞かれると、忙しかったからどうなったか見てないというのです。それでは、やり直し支援になっているとは言えないという話になりました。

E君は、以前に忘れ物が多いのでチェックリストをつけるように指示されていたのですが、めんどくさいのでチェックしない日が続いたのです。そのことを以前も他の職員から指摘されていて、帰り際のE君の心は少しざらついているのです。そんなこんなで帰りにのせてもらう職員を呼び捨てにして自分の気持ちを表現したのかもしれません。話の文脈としてはそういうことです。

呼び捨てはいけないのでG職員のやり直し指示は正しいです。しかし、横から口をはさんだのは否めませんから、高学年としては気持ちのやり場がなくなります。せめて、最後までE君の行動を見納めて「聞いてくれてありがとう、よく言えたね」と評価するところまでで指導のワンセットです。口だけはさんで、見届けないというのはアウトです。E君の心はさらにざらついたことかと思います。子どもの行動は、大人の鏡です。ざらついた気持ちを癒すのは大人の丁寧な支援にかかっています。

 

 

 

大丈夫?という言葉

Dさんのトイレの後始末で、Dさんに「あとは大丈夫?」と職員が聞いて、Dさんが「大丈夫!」と答えたので本人に任せたら、トイレは汚れたままで全然片付いていなかったという報告がありました。職員は「大丈夫?」の前に、「トイレが汚れているけど一人で片づけられますか?大丈夫ですか?」と言う意味を込めて「大丈夫?」と聞いたのです。

ところが、Dさんにしてみれば「大丈夫?」は体調の良し悪しの際に使う「大丈夫」と理解していたので、体は元気なので大丈夫と答えたのです。「いやいや、トイレが汚れているから職員がDさんの支援にきたという文脈でわかるでしょう」というのが職員の言い分です。通常は職員の言う通りです。でもASDの人の場合は字句通りか、良くて経験通りにしか理解しないことが多いのです。

女性の場合男性に比べて主語や文脈を省略して話すことが多いように感じます。これは、相手に状況の共有ができていると感じている経験が女性に多く、男性の場合は正確に言わないと伝わらないことがあるという経験に裏付けられるのかもしれません。今回は、女性職員の女子への言葉かけの場面ですから余計に主語や「共有されているはず」の中身が省略されたのかもしれません。

こうした、言葉の背景にある意味を理解するのをメタ認知といいます。自分と他者の関係や状況、文脈を客観的・俯瞰的に理解する力です。ASDの人はこうした言外の意味理解を前提とするメタ認知が弱い人が多いのです。男性が男性に向かって「ライターを持っていますか」と聞くときは「喫煙するのでライターを貸してほしい」の意味ですが、ASDの人はライター所持の有無を聞かれたと思い「はいライターは持っています」と言って立ち去る例が喫煙者が多い昔はよく取り上げられました。

最近よく使われる例では、友達が言いにくそうに「お金持っている?」と聞けば「お金を少し貸してほしい」という意味ですが、ASD者は「お金は持っているよ」でそのあとの話が進まない場面がメタ認知の弱さとして紹介されます。こうしたやり取りが続くと、空気が読めないやつだと卑下されたりしてハラスメントにつながっていきます。主語や内容を省略する「大丈夫?」は対人関係の中では多用される言葉ですが、ASDの傾向のある人には、主語や文脈が共有されていないかもしれない事を留意して、手助けの必要性を具体的に質問することが大事です。

ごほうび考

Bちゃんが、C職員の言う事の聞き分けが良いのはC職員が「圧をかけている」からだと他の職員が思っているそうです。C職員の指示をBちゃんが素直に聞くのは、C職員のいうとおりにしたらBちゃんにとってメリットが多かったからだと思います。Bちゃんはコミュニケーションがうまく取れないので、不適切な行動が多かったり、思い通りならないと大声で泣いたりする子でした。

Bちゃんの支援は不適切な行動に大人があれこれ注意するより、適切な行動ができている時に褒めようという、スタンダードな作戦を立てました。ただし、Bちゃんは褒められると言う意味が分からないので、大好きなおやつを少量あげながら褒める行動を並行させるようにしました。褒める事は簡単な内容で褒めました。移動している時に先頭の職員を追い抜かない、列から離れ出して呼ばれたら皆の列に戻ってくるという行動を褒めました。「えらいね、みんなと歩けたね」と褒めては少量のお菓子を提供しました。

仲間と一緒にゲームに取り込めたら同じように褒めます。タブレットゲームの終了時間になって終えられたら褒めます。こうした褒める活動に一番力を入れていたのがC職員でした。1年たってBちゃんには今はお菓子は提供していませんが、C職員が言うと「はい。わかりましたー」と聞き分けるようになりました。食べ物を支援に使うのは、動物の餌付けのようだと嫌う方もいますが、動物も人間も報酬で学習することは同じです。でも、最後は食べ物があるから行動するのではなく、褒めてもらえるから行動するようになります。

甘さは、快感物質のエンドルフィン、ドーパミンやセロトニンと言った学習や意欲に関係にする脳内物質の放出を強めます。これは、誉め言葉でも同じ効果が得られますが、報酬系の反応の弱い子どもの場合は、言葉だけでは報酬系が作動しない場合があります。甘いものはこれを助けるブースターのような役目を果たします。重要なことは、同時に大人がしっかり褒める事です。このことによって褒められた経験と意欲や快感が連合していきます。そうなると糖分は必要なくなり、褒めるだけで同じような脳の状態を作り出します。Bちゃんが、C職員の指示を聞くだけで行動を止めたり、始めたりするのはこういう神経学的なメカニズムが推測されます。まだ、残念なことに他の職員とはこうした作用が生じないのは、Bちゃんが言葉と言う聴覚情報ではなく、C先生の姿という視覚情報がまだまだ強く作用しているという事です。

本当に誉め言葉が分かるようになれば誰の支援でも享受するようになると思います。今は、まだ他の人の場合、ご褒美が効果的なのかもしれません。ただし、糖を脳に効率よく利用させるために重要なことは運動です。つまり、運動することにより糖が脳に利用されやすくなり、脳が活性化しやすくなるのです。運動しないで甘いものばかり摂取しても、その甘いものは脳にほとんど利用されず、脂肪蓄積の方にばかり利用されるため太るだけになり、脳は活性化しないのです。また、糖分作用の依存性は麻薬作用のそれと同じですから、計画的な使い方が必要です。適度な運動・ご褒美・誉め言葉この3つがそろうことが大事です。

 

感情を表現する

Aさんが、水曜の帰りの時間になると「木曜日はすてっぷです」とわざと言います。木曜日は他の事業所なのですが行きたくないようです。自宅に送っていくときは、わざわざお迎えの家族の前で「木曜日は〇△◇事業所行きません!」と訴えています。大人としてはそれは困るので、何も反応せずにスルーしていると職員から報告を受けました。

大人として都合の悪いことは、子どもが上手く話せないからと言ってスルーしても良いものかどうか議論になりました。そうは言っても、理由もなく事業所を替えるわけにもいかないし、「そうだねー」と同意するのはまずいのではないかという意見。だからといって、「つべこべ言わずに行きなさい!」も信頼関係を構築する上ではまずいよなという意見。だとすると、無視する(聞こえていないふり)と言う選択も止むを得ないのではないかと堂々巡りです。

行為は認められないが気持ちは分かるという対応はできないものか検討しようと言うことになりました。以前、室内がうるさくて小さな子どもを叩く子どもに、それ以外の表現方法を教えればどうかということで、「うるさい!苛々する!」感情絵カードを職員に渡すことを教えました。その結果他害が完全になくなったわけではないですが減少させることはできたという経験があります。感情カードを持ってきたら「そうだなーうるさいねー」と同意するだけなのですが、それで少しはカタルシスを得たのかもしれません。

ASDだからと言って、他者の同意や共感は全く影響がないわけではないという事です。伝えて同意を得るのは形のあるお菓子や玩具が欲しい時だけではないと思うのです。「しんどい」「つらい」「悲しい」というネガティブな感情は生活の中で抑え込みがちですが、感じたことを伝えて「そうなんだー」と今の感情を理解してもらう事は大事なことだと思います。Aさんの場合にどうアプローチするかは検討が必要ですが、まずは健康チェック時など感情カードを使う機会を決めて「元気」などポジティブな感情を表出する経験を作り、今回のようなネガティブ感情の機会をとらえて、教えていくことから始めてみたいと思います。

だるまさんがころんだ

最近、子どもたちの間で「だるまさんが転んだ」が流行り出しているようです。おそらく、Netflixで配信されている韓国のサバイバルテレビシリーズ「イカゲーム」のヒットが原因だと思われます。ファン・ドンヒョクが脚本・監督を務め、この秋にNetflixで全世界公開され、ビデオゲームまでできているそうです。描写は頻繁に血しぶきが飛ぶ射殺シーン等全体として残虐で子ども向けではないです。ただ、そのプロローグで「무쿠게의 꽃이 피었습니다.(ムクゲの花が咲きました)」と言うゲーム、つまり、だるまさんが転んだゲームをするので、流行しているのかも知れません。

最近は、小学生とASDの障害の重い子どもも一緒にできそうなゲームは出来るだけ取り組むようにしており、このだるまさんが転んだゲームもレパートリーの一つです。鬼がこちらを向いたら止まるというルールはわりとわかりやすい様で、低学年のYちゃんができるのだから高等部生のZ君もできるだろうと参加してもらいました。Z君は1年前までは、目を離すと事業所を飛び出して職員の気を引く注意喚起行動が少なくない人でしたが、褒める事で注目要求を満たしていく支援を繰り返すことで安定して過ごせる様になりました。その結果、周囲の子どもの行動にも目が向くようになってきた人です。

取り組んでみるとだるまさんがころんだを理解していました。周囲の仲間の事をよく見ていたのです。でも、あまり楽しそうではないので、無理強いはできませんが、みんなと一緒にゲームしていることに職員が注目して褒めています。まぁ注目してくれるならまんざらでもないかなと参加しているZ君です。以前は逃げるのが好きだったから、だるまさん転んだも鬼タッチから逃げるところがあるので好きになるかなと思ったのですが、逃げて楽しむはもう卒業したようです。

 

 

食が細い

ASDのX君たちの食が細いのではないかと職員が心配していました。いわゆる偏食もあるけど、高学年にしてはおにぎり1個とか少なすぎるのではないかというのです。家ではがっつり食べている子でも外では給食も含めて食べる量が少ない子どもがいるのは確かです。原因はいろいろあるでしょうが、環境の変化に過敏で食欲がわかないというのが多いようです。

生理的な欲求の事を他者からあれこれ介入されても、いらないものはいらないのですから、あれこれ言うべきではないとは思っています。ただ、中にはそもそも、空腹感や満腹感の弱い子どももいて、自分がおなかが減っているのかどうかも分からない子もいます。周囲の人がどれくらい食べているのか興味がなく、低学年の頃と同じの量で良いと思っている子どももいます。

修学旅行に行ってみたら、旅館の夕食メニューが半端なく多いのにみんな食べてしまう子が多いことに驚くASDの子がいるように、食事量と言うのは年齢と共に増えていくものだと言う情報がなくて食べない子もいるようです。栄養価とか年齢に応じたカロリー量と食事量などを理屈として教えておくことは大事かもしれません。そのうえで、ざわざわしているところでは食べにくいというなら、家で多めに食べておいでという支援が必要な子もいるようです。ただ、保護者の方も同年齢の子どもの食事量を知らない方がいるので、これも正しい情報が必要なようです。

 

手が使えない場合のAAC

Vちゃんのスナックタイムでは、かなりはっきりとVちゃんが意思表示できるようになってきたと言う報告がありました。前回(スナックタイム改めコミュニケーションタイム: 08/26 )でも書きましたが、手が使えないからと言ってどんどん口に運んでしまっては、意思を表現する機会がないので、いらないものが口に入ってから吐き出すと言う行動になるという話をしました。

スナックタイムは何が何でも食べる必要はなく、本人の好みやタイミングを大事にしたコミュニケーションタイムにしてはどうかと言う提案をしました。すぐに口に持って行かず、手の届かないところで待ってみる。本人のアクションが出たら「はいどうぞ」と食べさせる。いらないものでスナックを持つ手を払いのけるような行動があれば「いらないね」と食べさせない。好きなものが二つあっても、二つを示して「どっちがいいの」と待ってみる。好きな方を手差ししてきたら「これが欲しいね」と食べさせると言う、本人の意思が出てくるまで待つと言う療育時間にしました。

これを3か月ほど続けてくる中で、欲しいもの、いらないもの、欲しかったけどもういらないもの、という意思伝達がはっきりできるようになってきました。また、家庭ではお姉ちゃんにふろ上がりのドライヤーをしてほしくて、ドライヤーをそっと手差ししてお姉ちゃんに要求する姿なども見られてきていると言います。

欲しいものの選択もできるし、誰にでも手差しや手払いでYES・NOが示せるならPECSなど代替コミュニケーションに移行したいのですが、Vちゃんの場合、手に届く範囲に物があると、何であろうと手で払い飛ばすという癖があって一向に収まらないのです。欲しいジュースを手差ししているのに、近づけて手に届く範囲にくると、わざわざ手で払いのけて飛ばしてしまうのです。従って、絵カード操作など手を使うものが難しいのです。

従って、今目の前にあるもののYES・NOしか意思表示ができないので、目の前にないものを要求する事ができないという限界がきているのです。そこで考えられるのは、手差しに変わるスイッチ類での意思表示ですが、目の前のものは手で払いのけるという動作しか経験のないVちゃんにこのトレーニングを強いることでストレスにならないかということや、NOの意思表示が「ボタンを押さない」という強化しにくい行動なので思案しています。もしかしてと、アイトラッカー(視線感知センサー)などを使った視線入力装置などの方が導入しやすくはないかと、これも思案中です。

 

地域の中でわくわく Y先生のじゃんぷ通信10

地域の中でわくわく Y先生のじゃんぷ通信10

放課後デイに通う子ども達は自分たちの住んでいる地域のことをいっぱい知っています。1年生のSさんが、学校で近くの神社にどんぐりひろいに行った経験をすると、「お母さんとたくさん見つけてきた」とどんぐりを持ち込んでくれます。それでコマを作ったりしていると、2年生のT君が、「僕の家の近くでいっぱいとれるから持ってくる。」と言って次の時、箱にいっぱい集めて持ってきてくれました。又3年生のNさんが「噴水公園のところにいっぱいおちてるよ」と教えてくれて、先生と一緒に取りに行ってくれました。

地域の中で見つけたどんぐりで何か作ろうとリース作りを提案するとどんどん広がりました。リボンを穴に順に通す作業やリボン結びをする作業、手順を考えてどんぐりや星飾りをつけていく作業は学習にも通じる生きた教材になりました。一人一人取り組み方が違ったり、手順のここで困っているのかと発見があったり、こんな発想の仕方をするんだといい所が見つかったりしました。

放課後デイ「じゃんぷ」の支援は直接的には、学習の困りに対する支援を繰り広げていますが、最終的には自分たちの地域の中で生きていける子どもたちにしたい、そんな思いも大切にしながらの日々です。みんなが作ったリースをクリスマスツリーに飾ると季節感いっぱいの生活が広がります。

事業所によって子どもの様子が違うのは何故?

Rちゃんは二つの事業所を利用しています。すてっぷでは最近めきめきと成長が感じられるRちゃんで、他の子どもたちと仲良く遊べたり、予告と褒める事を繰り返す事によって不適切な行動はほとんど見られなくなりました。ところが、別の事業所では職員が困るくらい不適切行動が多いと言うのです。

子どもが、場所によって違う姿を見せるのはよくあることで、その原因のほとんどは対人関係を含めた環境の違いです。見通しのある環境では安心して過ごせるので、少々のイレギュラーな事態も乗り越えてしまいますが、見通しや自分の要求が他者に伝わらずイライラして不安が多い場合は、ちょっとしたことでも爆発してしまうのです。

つまり、同じようなハードルであっても、本人の安心感の度合いによって反応は全く変わってくるという事です。今回は、別の事業所の方からRちゃんの様子について事業所職員が相談を受けて工夫していることを伝えましたが、そもそもの対応が違えば小手先の工夫は効果がないし、すてっぷでも1年かかっての今の様子なので、総合的に比較してもらって療育方法を考えてもらうしかないと思います。これは、すてっぷだけで不適適切行動を起こして、他の事業所や学校ではうまく過ごせている例でも同じことが言えます。

他の事業所や研究会に行って、同じようにやってみたけどうまくいかないので、学んだメソッドは効果がなかったという支援ビギナーの意見を耳にすることがあります。見た目同じことをしても、先述したように本人のメンタルが安定するような環境や対応の蓄積がなければ、同じ反応が得られるはずがありません。もしも、相談を受けるなら、百聞は一見に如かずで数回見学に来てもらい、総合的に検討してもらう事が大事ですねと話し合いました。