掲示板

みんなちがってみんないい

発達性協調運動障害

全身運動や手先の操作においてぎこちなさのある子どもは、不器用とみなされてきました。ところが、不器用を障害の一つとして位置づけて「発達性協調運動障害」と呼ぶようになり、医師や作業療法士がアプローチを行うようになりました。英語ではDevelopmentalCoordinationDisorderといい、DCDと略記されます。単独で診断名がつくケースもありますが、自閉スペクトラム症(ASD)・注意欠陥多動性障害(AD/HD)・限局性学習障害(SLD)などを併発する例が多いです。

発達性協調運動障害は国内外で関心を集めており、日本でも2016年に日本DCD研究会が開催され、その後は日本DCD学会として正式に発足しました。ここには医療・福祉・教育など多様な分野の人が集まっています。世界的にも小児・発達障害領域では高い関心が寄せられています。

発達性協調運動障害の子どもは、全身を使った粗大運動と、手先を使った微細運動の両方に困難感があります。●なわとびを跳べない●自転車に乗れない●ボールをキャッチできない●ジャンプのときに足がばらばらになる●スキップができない。このように、手足を協調的に動かす場合をはじめとして、視覚的なターゲットやリズムなどに協調して体を動かすときにうまく遂行できないケースが多いです。乳幼児期の運動発達は個人差も大きいですが、ハイハイなどの運動の獲得に遅れが生じているとDCDのリスクが高いと考える人もいます。

また、手先を使った微細運動では、学齢期に図工、音楽などの授業でつまずきが認められ、顕在化する例も少なくありません。●リコーダーや鍵盤ハーモニカを吹けない●コンパス・定規・消しゴム・はさみの操作が苦手●ノートのマス目に文字をかけない●筆圧のコントロールが難しい●エプロンや靴のひもを結べない●服のボタンをとめることができない●箸の操作がうまくできない。このように、「不器用」によって生活や学習に影響が及ぶ場面が多いです。体育・図工・音楽などの教科学習が苦手な子どもを「ただの不器用」として軽視しないで本人の困り感を把握する必要があります。不器用によるニーズを抱えた子どもには、幼児期など早期からできるトレーニングを行うことが望ましいです。

療育場面で子どもの状態を評価するときは、運動機能だけに着目するのではなく、多角的に分析していくことが大事です。発達障害領域の療育場面では、保護者からの聞きとりが非常に重要です。生活上のニーズや達成したい目標などを丁寧に聴取します。指示が理解できる子どもでは、評価スケールを使って運動機能を分析します。観察評価から得られる手がかりも多いですが、こうした記録を残しておくと、あとで比較する際にも役立ちます。

運動だけでなく、認知面・行動面を併せて評価することが大切です。運動の不器用だけでなく、マス目や図形などの視覚情報をうまく処理できず、書字や描画でつまずいている可能性もあります。また、不器用の原因が注意集中に課題があるために、手先を使った活動が大ざっぱになっているという場合もあるので、多角的に状態を分析していくことが重要です。

運動が不器用であっても、繰り返しさまざまなトレーニングを行っていくと成果は上がります。作業療法などでトレーニングを長く行ってきた子どもと、なにもしてこなかった子どもでは、非常に大きな開きがあると言われます。運動のスキルは経験的な影響も受けるので、ちょっとした遊びの工夫が大事です。

発達性協調運動障害の子どもでは、筋肉の緊張が低いために体をうまく操作できないとか、運動経験が乏しいためにパフォーマンスが低いなど、さまざまな背景要因があります。筋肉が柔らかく、体がくたっとしている子どもには、丸太型のブランコにしがみついて、全身に力を入れる運動などを準備として行っておくと、そのあとに行う運動学習に役に立つかもしれません。

協調運動と一言でいっても、そのバリエーションはさまざまです。粗大運動であれば、マス目に合わせてジャンプする運動をしたり、ブランコに乗りながら輪投げをする活動をしたり、さまざまなトレーニングをすることができます。リズムに協調した運動が苦手であれば、手拍子に合わせて運動するような練習も効果的です。微細運動の場合は、机上で線引き課題を行ったり、ジェンガなどで力加減のコントロールを行ったりといった活動をしてみると良いです。

「体育でなわとびができなくて困っている」「中学校で上靴が指定されるので、靴ひもを結べるようになりたい」など、具体的なニーズがあがってくることも多いです。なわとびの場合は、まずフラフープを回しながら輪の中をくぐる練習から始めたり、タオルを両手に持って縄を回す運動だけやってみるなど、工程を細分化します。靴ひもの場合は、色の違う2本のひもを使って手順を学習していくなど、その子どもが理解しやすい手がかりを見つけて練習していきます。

発達性協調運動障害の子どもは、単に不器用であるだけでなく、幼稚園や学校の活動で困っていることがある例が大半です。もちろん運動ができれば良いというわけではありませんが、子どもたちが自信を持って活動や学習に取り組めるよう、療育でフォローしていくことはとても大切です。また、工作や調理等では作る楽しさがすぐに味わえる、逆言うとどうせできないなどと自尊感情を下げない教材の工夫が求められます。

模倣と発達

支援者は良かれと思ってスポーツやゲームの様々な模倣を子どもにさせようとしますが、子どもにとっては時として意味不明なリクエストを支援者から求められていることになる場合があります。子どもに模倣で獲得させようとする時、子どもの発達段階を良く見極めておく必要があります。

模倣には、大きく分けて2種類の模倣があります。音や声を聞いてその通りに発声する「音声模倣」、人の動きを見てその通りに身体を動かす「身体模倣」と整理することができます。身体模倣は、発達の初期には、他者が楽器やおもちゃを操作するのをみて真似る(例:太鼓をバチでたたくなど)ことから始まります。まねっこ遊びが難しい子どもの場合は、いきなり身体の動きを真似させようとするよりも、道具の操作模倣から始めるようにします。

発達において、模倣が未形成な段階だった子どもが、次第に模倣の能力を高めていくことはとても重要な意義をもちます。
(1) 人の動きをもっとよく見ようとする認知が育つ
(2) 動きや音の細かな違いを見分けよう、聞き分けようとする弁別の力が育つ
(3) 動きの速度や強さ、身体部位の位置関係などをコントロールする運動調整力が育つ
(4) 他者を意識し、他者に合わせようとする社会性が育つ
(5) 日々のできごとをあとになって模倣表現したり、生活場面のみたてあそびをしたりするようなイメージする力の基礎的条件が培われる

テレビ番組の参加などで出て来る子どもは、モデルとなる動きを見て、その場ですぐに新しい形を真似をしていますが、あれはオーディションがあります。できる子やまぁまぁの子、できないけど場の共有ができる子を選んでいます。全く関心のない子は選んでいません。予備選考ではテレビの前で一緒に模倣したり体を揺らすなどして興味深く見ているかで選考しています。従って、そこまで対応の力が育っていない子にとっては、あの模倣は難しすぎる課題になります。療育現場などで模倣を学習させる場合には、模倣の内容の難易度をおさえて指導を行うことが大切です。
(1) 身体接触型から非接触型へ
「頭、肩、膝、ポン」の歌遊び、拍手、ちょうだいのサインなどは、身体部位に直接触れる動作を模倣します。これは、運動の終わりを伝えやすく、姿勢も保持しやすいため、非接触型の動作(両手を「前へならえ」の姿勢に保つなど)よりも早くから真似しやすい動作であると考えられています。
(2)座位模倣から立位模倣へ
いすに着席した姿勢で模倣をさせたほうが、立位で模倣させるよりも簡単です。これは、姿勢保持の面で安定しやすいということと、モデルとなる人の動きを目で追うときに視線が安定しやすいということが関係しています。
(3) 左右対称模倣から非対称模倣へ
両手を同時に挙げる、両足を同時にひらくなどといった左右の手足を同側的に動かす模倣は、左右が別々の動きをする模倣よりもやさしくできます。左右で別々の動作を行う非対称型の模倣は、運動の方向性を調節するという身体機能の発達だけでなく、2つことを同時に考え続けるだけの記憶や注意といった認知機能の発達が必要になります。
(4) 正中線を越えない肢位から越える肢位の模倣へ
右手で左耳をさわるなどのように、正中線(身体の中央を頭から縦にとおる線)を越えるような動きが入ると模倣は一気に難しくなります。まずは、正中線を越えない動きの模倣から始め、つぎに片手だけが正中線を越えるような動き、そのあと、両手が正中線を越える動きや交叉がある動きなどのように難易度を上げます。
(5) 静止姿勢の模倣から連続動作の模倣へ
静止する姿勢の模倣のほうが、連続動作の模倣よりも早く獲得され始めます。ただし、ジッとしていることが苦手で多動傾向が見られる子どもの場合は、静止姿勢のほうが困難であるということもあります。連続動作が全般的に苦手な子どもであっても、大好きなヒーローの変身シーンのような意味をもつ動きの模倣は得意という子どもがいます。音楽や映像などを用いるとイメージが浮かびやすくなりますので、支援の手立てのヒントにします。
(6) 左右の広がりから前後の奥行を用いた模倣へ
前後、左右、上下などの空間・位置関係を模倣に用いる場合は、いすを用い、自分といすとの位置関係を模倣させることから始めると理解がすすみます。特に前後の奥行を教える場合は、左右よりも見分ける力が必要になるため、いすを基準にすることで自分の立ち位置、姿勢、動きが伝わりやすくなります。
(7)記憶した動作を再生する模倣へ
モデルの動作を一度記憶し、モデルがない状態でも再現ができるようになると、より高度な模倣が可能な段階に入ったということになります。

身体の動きの不器用さがみられる子どもたちの中には、まねっこあそびを嫌がる子どもがいます。嫌がり方もさまざまです。うまくできないことを隠すかのように、わざとふざけることもありますし、他児のじゃまをするような行動をとることもあります。みんなの前で失敗することを恥ずかしいと思う気持ちが強い場合、子どもがモデル動作を示す役になり、大人が失敗してみせるなど、上手に笑いのタネに変えていきながら、楽しんで取り組める雰囲気が必要です。でも一番大事なことは子どもがわかる段階の模倣を選ぶことです。

人手不足

福祉と介護業界においては、人手不足が年々深刻化してきています。ハローワークなどの公的な就職機関や民間の就職サイトなどを見ても、介護や福祉に関わる求人件数は他の業界を圧倒するほどの数になっています。しかし、一方でそれら求人に応募した人材の多くがすぐに退職をしてしまうという例も多く、せっかく採用をしても長く定着してくれるスタッフがいないことがまた次の人手不足を生むという悪循環を生み出しています。

人手不足と言われ続けている福祉・介護業界ですが、2013年の調査では、介護の現場で業務に従事している人数は約100万人とされているところ、実際に必要であると計算されている従事者数はなんと約140~160万人と言われています。少なく見積もっても約40万人が不足しているという計算ですから、いかにその負担が大きいかということがうかがえます。

人手不足の理由はいくつかありますが、それは主に職場内の待遇が他業種に比べてあまりにも悪いということが挙げられます。力仕事を伴う長時間労働にもかかわらず給与水準が非常に低く、また決定的にスタッフ人数が足りないために一人あたりの仕事負担が多いということがそんな職場の不満を生み出してしまっています。問題点は多方面から言われているものの、これまでのところ決定的な解決方法はまだ見つけられていません。

そして、児童福祉でも同じような現象が想定されます。保母が足りないだけでなく、指導員も正規は足りません。福祉は低賃金で人手不足でよけいに休暇が少ない。障害や子どものことをよく知らない事業主が経営して、預かればいい集めればいいという本音が見え隠れする。個人経営も多くブラックだという印象があるのも否めません。風評が悪循環を起こしている感も否めません。私たちにできることは、こういう風評を駆逐すべく発信をし続けることくらいですが地道に頑張りたいと思います。

発達障害のある大人

発達障害のある大人は、「相手の気持ちを読めない」「注意のコントロールが苦手」などの特性のため、子どもの頃から集団に馴染めないということが起こりがちです。そのため、いじめを受けたり、なんとかして周囲に合わせようと無理をして、苦しい思いをしてきたという人も少なくありません。それなのに、なぜ大人になるまで発達障害があると分からなかったのでしょうか?

考えられるのは、周囲の環境や人間関係によってカバーされていた場合です。学校では、決められた日課に沿って生活し、与えられた課題をこなしていれば、人付き合いが苦手であってもあまり問題にはなりません。勉強ができれば、多少場違いな行動があっても、先生や親がフォローしてくれるでしょう。家族や先生、仲のいい友達といった限られた人間関係の中では、発達障害の特性も「個性的」ということで認めてもらえていたかもしれません。しかし社会人になると人間関係は複雑になり、いろいろな人とやりとりをしなければならなくなります。相手の表情や空気を読み取ったり、周囲に合わせて行動するなど、高度なコミュニケーション能力や社会性を要求されるようになります。また仕事や学習においても、人から与えられるものだけでなく、自ら計画を立て、主体的にアプローチしていくことが求められます。そうした周囲からの要求によって、それまで潜在的にあった特性が一気に浮かび上がってきて、社会生活に支障をきたすということが考えられます。

また、発達障害という概念が知られるようになってきたのはごく最近であり、以前はその特性からもたらされる失敗や困難さを、本人の努力不足や親の育て方のせい、とされることはよくありました。いまでもそうした傾向は残っています。そんな誤解の中で自らの特性や対処法を学ぶことなく育ち、社会に出てから頑張って働こうとしてもやはりうまくいかず、深く傷つく中でようやく「発達障害」という言葉と出会い、診断を受けた、というケースも少なくないのが現実です。さらに、せっかく医療機関を訪ねても、成人を診る精神科医の中で発達障害のことがよく理解されておらず、統合失調症など、他の疾患と誤診されることもありました。そのため、誤った治療を受けて苦しんだという人もいます。

自分の「生きづらさ」の原因がわからず、周囲からも理解されず、マイナスの経験が積み重なっていくことは、「自分は周囲に受け入れられていない」という感覚を抱いたり、“普通”になろうと無理な努力を重ねたりすることにつながり、その結果として社会的な不適応を起こしやすいといえます。ある研究によれば、ひきこもりの人たちの3割に発達障害があったことがわかりました。しかもそのほとんどは本人も家族も気づかず、診断されていない人たちです。現在も発達障害に気づかないまま、社会適応がうまくいかず、苦しんでいる人たちは数多くいると考えられます。しかし、大人になってからわかった場合でも、悪化を防ぎ、治療を進めることはできます。発達障害の特性を踏まえた環境の調整、生活の工夫、ソーシャルスキル・トレーニングなどと組み合わせていけば、状況を改善していくことは可能です。

 

要保護児童対策地域協議会

「児童虐待防止法」が2000(平成12)年に施行され、それ以降、様々な防止施策が講じられてきました。しかし、2013(平成25)年に公表された「第9次報告」によると、この間も保護者からの虐待により50人(親子心中を除く)近い子どもが毎年のように貴重な生命を失っていると報じられています。特に残念なことは、同報告の中に子もの人権を守る立場にある児童相談所や健全な発達を保障する立場にある保健センター等の専門機関が関与していたにも関わらず、子どもが虐待死しているという事例が数多く見られたことです。

国はこのような実態を踏まえて早期対応や早期介入等を行う児童相談所の機能強化に努めてきました。加えて、近年では児童虐待の防止に関係する連携が必要なことから、要保護児童対策地域協議会(以下「要対協」)の設置を促し、体制強化を図り設置率はほぼ100%近くになました。しかし、その要対協が関わっていながら虐待死したケース数は第9次報告によると14例、全死亡事例(54例)に対する割合は約25%を占めています。この数値は要対協の有効性について疑問を持たざるを得ない数値です。

本事業所でも、各市町の要対協のメンバーとして参加することがありますが、「誰が鈴をつけるか」と言う責任所在のはっきりしない会話が多いのが気になります。もちろん児童やその保護者との接触を日常的に持つ保育所や学校はその矢面に立ちますが、対象家族への指導権限があるのかというと何もないわけです。あくまでも、利用側とサービス提供側という関係で、子どもの支援はしますが、親を指導する立場にはありません。また、この国の法体系は、事案が生じてから動き出す仕組みで、予防的な視点が抜け落ちています。また、相談事業はあくまでも保護者が利用するもので、その押し売りはできません。「もっとも相談してほしい保護者が相談してくれない」のです。

児童虐待は、リスク要因が様々な形で複合して発生しているだけでなく、支援を阻むような要因(情報把握の凸凹など)も少なくないため、その支援が非常に難しい問題です。また対応機関である児童相談所だけでなく、地域の要対協でも職員の専門性、機関による児童虐待の認識の差異などが加わるため、支援者にとっては非常にストレスフルな問題です。調整者として職務についた行政職員はこうした状況に置かれ、自らの能力不足もあって辛い状態におかれます。

こうした状況を軽減するためには、ノウハウを持っている外部コンサルタントの力が有効です。大阪市では、行政事情を十分に認識した上で、外部コンサルタントを導入する方針をだされた。それが「SV(スーパーバーイザー=虐待事案専門相談職)の要対協への派遣事業」です。この派遣事業にはいろいろなメリットがあり成果も上がっています。さらに「地域の医師が参加できないため専門的意見が聞けない」や「法的な問題がよくわからないから不安である」といった場合、派遣されている区の担当SVがそうしたケースに対応できる専門家を呼ぶことが出来るということでも有効です。児童虐待は確かに難しい問題ですが、まったく歯が立たない問題ではありません。それは問題を解く人間の質的、量的確保や社会資源の充実で改善されるし、短期的には不足分をいかに補うかは、子どもの人権をどのように行政や地域が考えているかによって大きく変わってきます。

感覚統合アプローチ

頭の固い支援者によくあるのが、椅子に座っていない、立ち歩く、姿勢が悪い、頬杖を付く、寝そべる、体をゆするのは集中していないからと理解して、その行動を叱ったり修正しようとします。或いは、姿勢を正して人の話がきけないのは支援者や大人へのリスペクトが足りないからと、何時代だよと思うような発想の方もいます。頭の柔らかな支援者は、体を動かすのは子どもが体を覚醒させて集中しようとする表れかもしれないと考えます。このように旧態依然とした考えの支援者とスマートな支援者では発想が真逆なのです。

感覚統合によって、人は脳に入ってくる様々な感覚を整理したり、まとめたりしています。人は普段、様々な「感覚」に囲まれています。感覚には一般的によく聞く「五感」(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)の他にも、「固有受容覚」と「前庭感覚」という感覚が存在します。脳は次々と入ってくるこれらの感覚を統合(整理・分類)し、無意識に自分の身体をコントロールしています。逆に感覚統合がうまくいっていないと感覚の受け取り方に偏りが出て、他人と同じように状況を把握して、それに応じた行動をすることが難しくなります。その結果、落ち着きがなかったり、乱暴な動作が多いと思われたりします。感覚統合を理解することで子どもの行動を理解し、問題がわかったうえで対応することができるようになります。

「固有受容覚」とは、筋肉や関節によって自分の身体の位置や動き、力の入れ具合を感じる感覚です。固有感覚の役割は大きく分けて5つあり、 ①自己存在感 (例:抱っこを求める) ②身体のイメージの把握 (例:人がしていることを真似できる) ③力加減、動きのコントロール (例:飲み物をそっと注ぐ) ④距離感、方向の把握 (例:自分の下駄箱の位置がわかる) ⑤一連の手順の記憶 (例:文字の学習) があります。子どもは様々な経験をしながら、固有受容覚を養い、他の感覚と統合させて発達しています。例えば、固有受容覚があることで、自分の力や動きをその場に応じて変えることができます。子どもたちは綱引きで力いっぱい引っ張ったり、ジャングルジムをぎゅっと掴んだりして100%を知ったあと、飲み物を注いだり、卵をそっと持ったりするなど力を加減することを学びます。逆に、固有受容覚が未発達だと力の加減がうまくできず、自分は軽く叩いているつもりでも相手にとって痛いと思わせるほど強く叩いてしまうなどのトラブルが起きる可能性があります。

私たちは「前庭感覚」によって、耳石器と三半規管が受容器となって、揺れ、傾き、重力、スピードを感じています。
前庭感覚の役割は大きく分けて4つあり、 ①姿勢とバランスの発達 (例:なわとびができる) ②眼球運動 (例:鬼ごっこをする) ③覚醒の調整 (例:ジェットコースターに乗って興奮する) ④自律神経系の調整 (例:車酔いを防ぐ) があります。前庭感覚は、加速、回転、傾き、高さ、重力などに対して身体のバランスを保つために大切です。例えば、動きながら物を見続けることができるのも、前庭感覚によるものです。子どもたちが遊んでいるときにボールを目で追いかけながら走ったり、教科書を読みながら音読したりすることにも関係しています。一方で、前庭感覚がまだ未発達の状態だと、トランポリンでジャンプしたときにうまく着地できなかったり、ブランコなどで身体が大きく揺れたりすることを極端に嫌がったりします。

固有受容覚と前庭感覚などの感覚の統合がうまくいかないと、落ち着きが無かったり、発語の遅れおくれが見られたり、友達と上手く遊べなかったりと情緒面、言語面、対人面などでつまずくことがあります。しかし、感覚統合が未熟な子どもたちが直面するつまずきに対して、様々な方法で支援することができます。例えば、教科書の文字を意味で句切って読むことができない子どもには、行ごとに定規をあてたり、色を変えたりして指導することで視線があちこちに飛ばないように指導します。これを繰り返すことで上下・左右の眼球運動をコントロールできるようになります。また片手で消しゴムを持ち、もう片方の手で紙を押さえて文字を消したり、アーチ状に浮いている定規を使ったりと、両手を使った動作がうまくできない子どもに対しては、押さえている感覚を強調する支援を行うことで改善することができます。これらはあくまで一例で、それぞれの子どもにあった、感覚統合を成熟させるための支援を行うことが大切です。また、大人にとっては支援・指導でも、子どもたちにとっての遊びになるようにすることが大事です。子どもたちが支援を楽しみ、成功体験を積むことで、さらに別の支援にチャレンジして感覚統合を発達させていくことができます。

感覚統合アプローチは、例えば、子どもたちが立ち歩いたり集中できなかったりするのは感覚統合がうまくいっていないからではないかと考えます。上履きを脱ぎたい人は「机の下できちんと並べる」というルールを作り、自分の集中しやすい、落ち着く姿勢で学習して良いと伝えたクラスでは、子ども達の集中力が上がり、今まで授業中に席に座り続けることができなかった子どもが授業中に立ち歩かなった事例もあります。傍から見ると変な体勢でもその子にとってはその姿勢が一番集中できるのです。このように、子どもたちの行動を頭ごなしに否定するのではなく、その裏にある原因を考え、「気になる」行動が良くなっていくように様々な工夫をするアイデアの理屈が感覚統合理論なのです。

インチュニブ

最近インチュニブと言うお薬を服薬されている方が増えてきました。これはAD/HDの症状を軽減するお薬です。AD/HDの治療薬というのは大きく二つに分けられます。一つは中枢神経刺激薬です。これは脳のドーパミンを増やす事で脳の覚醒度を上げ、AD/HDの症状を改善させるお薬になります。具体的には、コンサータ(一般名:メチルフェニデート)などがあります。中枢神経刺激薬は、AD/HDの諸症状に対してしっかりとした効果がありますが、耐性・依存性や乱用などといった副作用の問題もあります。「効果は良いけども副作用にも注意が必要なお薬」なのです。そのためコンサータはどんな医師でも簡単に処方できるお薬ではありません。「コンサータ錠登録医師」に登録されている医師が処方します。リタリン(一般名:メチルフェニデート)というお薬も以前はAD/HDの治療薬として用いられていましたが、現在では依存性や乱用の問題からAD/HDの治療薬としては使えなくなっています。リタリンもコンサータも同じメチルフェニデートという中枢神経刺激薬ですが、コンサータは徐放製剤というゆっくり効き始めるタイプのお薬ですからリタリンよりも安全性が高いのです。

もう一つは、非中枢神経刺激薬です。これはノルアドレナリンを増やす作用を持つ「ストラテラ」、そしてアドレナリン2A受容体を刺激する「インチュニブ」があります。非中枢神経刺激薬は効果の強さの面で言えば中枢神経刺激薬に劣りますが、その分安全性に優れます。耐性や依存性、乱用といった問題が生じにくいというのが特徴です。中枢神経刺激と非中枢神経刺激薬はそれぞれ作用機序が異なるため、一方のお薬が効かない場合でももう一方は効く可能性があります。一般的には中枢神経刺激薬が効果が強くて、非中枢神経刺激薬は効果が弱いそうですが個人差があります。人によっては非中枢神経刺激薬の方が効く方もいるそうです。

インチュニブはAD/HDの治療に用いられ、効果は穏やかで、アドレナリンA2受容体を刺激する事で、AD/HDの症状を改善させる効果が速いそうです。不注意・多動性・衝動性の三大症状すべてに効果を認めます。中枢神経刺激薬ではないため、依存性や乱用のリスクがないといった特徴があります。また中枢神経刺激薬のコンサータはコンサータ錠登録医師として登録している医師しか処方できませんが、インチュニブは医師であれば誰でも処方することが可能です。従ってインチュニブは、AD/HDの方で薬物療法が必要である場合、まず用いるお薬として適しています。お薬は安全性の高いものから始めることが原則となるため、まずは安全性の高いインチュニブなどのお薬から開始し、それでも効果が不十分である場合はコンサータなどの中枢神経刺激薬を試すのが良いと言われています。

インチュニブを開始するに当たっては、次の2つを満たしている必要があります。6歳以上18歳未満である事。AD/HDと診断されている事。またインチュニブは体重によって「開始用量(飲み始めの量)」「維持用量(維持で用いる量)」「最高用量」が細かく設定されています。また中止・減量する際もいきなり中止するのではなく、原則として3日以上の間隔をあけて1mgずつ慎重に減薬していく必要があります。インチュニブがこのようにゆっくりと増量・減量するように決められているのは、急激に増減すると血圧や脈拍に変動をきたす副作用が生じやすい事が分かっているためです。元々アドレナリン2A受容体刺激薬は血圧を下げるお薬として使われていますから、血圧低下には注意が必要です。インチュニブはアドレナリン2A受容体を刺激する事で、血圧を下げたり脈拍を下げたりする可能性があります。特に飲み始めや量を増減した時に生じやすいため、投与初期やお薬を増減する時は特に慎重に経過を見る必要があります。インチュニブは効果発現の早いお薬で、1~2週間で効果を感じられる事も少なくありません。特に衝動性や多動性については服用開始1週間後から効果が認められる事が多く、不注意も服用開始2週間後には効果が認められるそうです。

ビバンセは、今年3月に認められたAD/HDの新薬です。

いじめの原因と対処

誰にでも、どこでも起りうるのが「いじめ」です。なぜ、いじめられるのか?いじめてしまうのか?大きな原因は「人と違う」ということです。学校は集団で生活をする場所です。全員が同じ勉強や生活をしています。しかし、人には個性があります。体型や性格など違いますよね。大人でも特異な人に警戒心を抱いたりすることがあります。特に子どもは自分と違うということを受け入れることが出来ない場合があります。太っていたり、家が裕福じゃないなど原因は様々ですが自分と違う服装や体型、考えを持った子を見ると「変な奴!」となって、それを受け入れられず排除しようとしてしまうのです。特に年齢が低いほど「人と違う」ことが、いじめのキッカケになりやすいです。

子どもの世界は楽しい事ばかりではありません。勉強や家庭の中でのトラブルなど、ストレスを抱えてしまっている子がストレス発散のために友達をいじめてしまうことがあります。自分より弱い存在をストレスのはけ口にしてしまいます。子どもがストレスを抱えたときに周りの大人が気づいてケアをしてあげることが予防につながります。

親が日常的に暴言を吐いたり暴力をふるったりしていると、子どもはそれが普通だと思ってしまい悪い事だと思わなくなり気に入らないことがあったら暴言や暴力で解決すればいいと思ってしまうのです。それから親が子どもに無関心な家庭もさみしさから、いじめっ子になってしまうこともあります。逆に過干渉な親の子も、普段は家では良い子でいなければならないため、ストレスが溜まってそのはけ口を外に向けて友達をいじめてしまったりしてします。

たとえば、友達が「学校に遅刻した」「宿題をやってこなかった」「遊ぶ約束したのにこなかった」など、周りの和を乱した時、「あの子が〇〇したから注意しただけ!」と言ったことから、いじめが始まることもあります。いじめる方は和を乱した子が悪いから自分は正しいと思っているので、いじめているという感覚がない場合があります。いじめられる側の子も自分が悪いから、といじめられても周りに相談できなくなってしまいます。いじめる側の正義感からくるいじめはエスカレートしやすいです。

いじめというのはクラスの中に首謀者がいるものです。その子がリーダー的存在だったらその子に同調していじめてしまう事も多いです。また、被害者側についたりしたら今度は自分がいじめられるかもしれないと言った不安から、みんなに合わせて、いじめてしまうのです。「みんながするから」「やらないと仲間外れにされる」そんな理由でいじめに加担してしまう子は多いです。

いじめは被害者になるばかりではなく、誰でも加害者にもなれます。我が子が加害者になった時は、まず事実を確認したうえで、子どもと家族で話し合い、何があってもいじめはいけないこと、いじめによって起きる悲しい事件などを良く話し、子ども自身に「いけないことをしたんだ」と自覚させることが大切です。「二度としない」としっかり約束させてください。被害者への誠意を込めた謝罪の覚悟もしなければいけません。被害者が納得いくまで謝罪をしましょう。そして家庭の在り方を見直してみることも再発防止には重要です。子どもがストレスを抱えてないか、信頼関係など良く振り返ってみます。

子どもが、いじめられているとわかった時、なるべく冷静に確実に対処します。「なぜ言わなかったのか?」などと責めたり、問い詰めたりしないで、子どもが話をしやすい雰囲気を作ってあげます。そして子どもが話をしてくれたときは、子どもの話をしっかり聞いて決して否定したりせず子どもの辛い気持ちを受け止めてあげます。できれば父母一緒に話を聞いてあげます。「パパもママもあなたの味方だよ」と、子どもに安心感を取り戻させます。それだけで気持ちがスッキリして元気になることもあります。今後どうするかも親子で意見をすり合わせて行動します。

いじめが原因で「学校に行きたくない」と子どもが訴えてきたときは無理に登校させてはいけません。子どもが学校へ行きたくないと言ってきたときは緊急事態で、もう限界なのです。そんな時は無理に登校させずに、ゆっくり休ませます。いじめを解決するには学校との連携は不可欠です。まずは事実関係をしっかり確認して、まずは担任の先生に相談し、埒が明かなかったときは教頭や校長に相談しましょう。そのときに証拠などがあるのであれば、それも持参しましょう。もし、学校の対応がイマイチであれば教育委員会へ直接訴えることも考えます。

いじめを受けた子の心は深く傷ついて、自分の存在価値を見出せなくなっていることが多いです。しっかり子どもの心のケアをします。親は味方であること、ママもパパもあなたが大好きで大切なんだということを教えます。時には抱きしめて気持ちを伝えます。家は子どもにとって安らげる場所であることが一番です。いじめは何があってもいけないこと、気に入らないからといじめて良いわけがないのです。

もしも、自分だけで解決する自信がないならいくらでも相談機関がありますから遠慮しないで利用しましょう。

解離症状

発達障害の人は二次障害を抱えている場合が少なくありませんが、解離性障害とも関係があると言われています。特にASDの人に多いのですが、対人関係や感覚の問題が多いASDの方は日常生活において他の方より精神的に疲れて不安も高いので解離しやすいのかもしれません。

大きなストレスを感じた時、記憶がなくなってしまう解離健忘症
自分で行っている事でも自分が行っていないような感覚になる離人症
気付いたら知らない所にいる事がある解離性遁走
人と話をしたり体を動かす事が出来なくなる解離性昏迷
昏睡状態や思っているように体が動かなくなる解離性てんかん
複数の人格を持つ多重人格、解離性同一障害

どのような症状かで細かな病名も変わるのですが、記憶がなくなったり過去をすっかり忘れる場合もあります。また、頭の中か遠くから音が聞こえるなどの場合は統合失調症か解離性障害の可能性があり、発達障害の人にとって程度の差はあっても何等かの症状があってもおかしくはないです。

先にも掲載したように「疲れやすい原因:11/12」、定型発達の人でも強いストレスを感じたり嫌な事があれば自己防衛能力が働きます。ASDの人は常に強いストレスを抱えている場合が多く、人間関係が円滑に進まない・空気を読んだ会話が出来ない・人に理解してもらえないなど、普通なら感じない部分で問題を抱えています。そのため常に自己防衛をしている状態だと考えると、診断は出ていなくても同じような状況を感じた事があってもおかしくはありません。

症状があるなら、まずは医療にかかる事が何よりも大切です。ASDやAD/HDの診断と精神疾患を疑い相談すれば、何が問題になっているか分かるはずです。この症状はセロトニンが少ない事で発症することが多いので、ASDは合わせて発症しやすいのかもしれません。早めの処置が出来れば改善していく部分や楽になれる事も沢山あります。本人は混乱していて的確な判断ができないことが多いので、家族や関係者が解離性障害かもと考えて医療に一緒に足を運んであげてください。

疲れやすい原因

発達障害を抱える方は、周りの人や環境に適応しようとする中で神経をすり減らしてしまうことで疲れやすい方が多いです。例えば、ASDの方は、空気が読めないという特性があるために、周囲の人の雰囲気や感じていることを把握するために、頭をフル回転して周りの状況を分析するケースが挙げられます。このように、発達障害ではない多くの人が無意識にしていることでも、発達障害を持つ人にとっては心身に過度の負荷をかけていることがあるのです。

発達障害を持つ方は、二次的な問題として、睡眠障害を抱えて疲れやすい方が多いです。具体的には、音が気になって寝つけなかったり、逆に日中の仕事で疲れ果てて夜に寝すぎてしまったりで、日常生活に支障をきたしてしまう場合がある、ということです。睡眠不足や過眠は、疲れにつながります。特にADHDの方は、子どもの場合25%〜50%が睡眠に問題を抱えていると言われています。発達障害の方の中には、一般的には不快に感じないレベルの音、光、匂いや肌触りなどの刺激に対してとても敏感で、疲れやすい方がいます。例えば職場のエアコンの音が気になって仕事に集中できない、首周りに触れる服(タートルネックなど)を着ると違和感で吐き気がするなどがあります。

発達障害を持つ方の中には、極端に不器用だったり、力の入れ具合を調節することが苦手だったりするために、身体を効率よく動かすことができないことで疲れやすい方がいます。「電車でつり革を持って立つ」、「靴ひもを結ぶ」といった日々行われる動きを上手にできず、普通に生活しているだけでも疲れてしまう方が多く見られます。

発達障害者の方には、注意がそれやすい一方で、自分の興味がある事に対しては過度に集中することで疲れやすい方がいます。締め切り間近の書類仕事を短時間で終わらせたり、学校の試験中に問題へ没頭することで高得点をあげたりといったメリットも見られます。ですが、過集中は、多くの場合で心身に大きな負担をかけることになります。

対策①周囲への適応を気にせず、社会常識にとらわれないようにする
周囲に適応しようと無理をして疲れやすい方は、社会常識にとらわれない考え方を身につけるとよいでしょう。「常識」に無理に合わせないことで、疲れが発生しなくなります。

対策②睡眠のためのリラックス法を行う
睡眠をうまく取れなくて疲れやすい方は、寝る前にリラックスする方法を試してみるとよいでしょう。良質な睡眠を取ることができれば、疲れは発生しません。

対策③敏感な感覚を緩和するため、器具を使ったり服装を工夫したりする
感覚が過敏で疲れやすい方は、ITやテクノロジーの力を借りたり、身体に触れるものを工夫しましょう。特に、周囲の環境によって症状を大きく左右される方にオススメです。自分の特性に合う器具や工夫が見つかれば、疲れなくなります。

対策④身体を上手に動かせないなら、苦手な動作などを避ける。
体を上手に動かせなくて疲れやすい方は、苦手な動作を求められる状況をなるべく避けるとよいでしょう。変えられる動作を見つけて変えることで、疲れなくなります。

対策⑤集中しすぎてしまうなら、アラームを使う
集中しすぎて疲れやすい方は、アラームを使って、意識的に集中を途切れさせるとよいでしょう。特に、自分では集中していることに気づかない人にオススメです。過集中が発生しなければ、疲れも発生しません。

 

上手く謝ることができない

発達障害の中でも、上手く謝ることができない傾向が多く見られるのは自閉スペクトラム症(ASD)の子どもです。ASDの特性は、コミュニケーションが苦手・他人と目を合わせられない・人の気持ちを理解できない・その場の状況に合わせることが苦手・皮肉やたとえ話が理解できない・柔軟な考え方をすることが苦手・決まった順序や道順、食べ物などのこだわりが強い。これらの共通点は、コミュニケーションが苦手で人の気持ちを理解できないことです。相手がどう思ったか、どんな状態なのかということに関心が持てないのです。このため、自分が悪いとしてもなぜ謝らなければならないのかを理解できないのです。

ASDの子どもに謝ることの大切さを教える前に、まずは大人である私たちが普段どんなときに謝罪しているのかを考えます。1.相手の健康を損なった場合 2.故意や不注意で相手にケガをさせた 3.まわりに迷惑や不利益を与えた場合 4.経済的な損失を与えた 5.行動の邪魔をした 6.時間と労力を無駄にさせた 7.社会のマナーに反した場合 8.公共の場で騒いでしまった 9.飲み物をこぼしてしまった 10.自分がミスをしてしまった場合 11.グループ行動で一人だけ遅れてしまった 12.頼まれたことができなかった。ざっと思いつくだけでもこれだけあります。相手に与えてしまった被害の大きさや状況によって、どの程度の謝罪が必要かは変わってきます。しかし、ASDの子どもはその微妙な加減を理解できません。一般的に考えると、上記の前半の場面では特にしっかりと謝罪する必要がありますから、子どもにも優先的に理解させていきましょう。

ASDのない人は、その場の状況や相手の反応に合わせて謝罪の仕方を変えることができます。しかし、ASDの人は、場の空気や相手の気持ちを汲み取ることを苦手としており上手に謝罪ができません。そのため、「こういう時は謝罪が必要」という風にパターン化させて覚えさせることが必要です。
①どんなときに謝るべきかを理解させる
「ごめんなさい」と言うべき場面をイラストなどを見せて教える。
子どもがイメージできる状況を例示し、そのときの相手の気持ちも交えて、なんと謝ればいいかを教えていきます。
例えば、友だちにケガをさせてしまった。友だちが嫌がることを言ったりやってしまった。友だちとぶつかってしまった。約束を破った。等です。

②ロールプレイングで練習する
同じ謝るという行為でも、目も合わせずにボソッと「ごめん…」と言うのと、きちんと相手の目を見て「ごめんなさい」と言うのとでは、伝わり方が違います。実際に起こりうる場面を再現し、相手が泣いているとき、怒っているときなど、どういう態度でどのくらいの謝罪をすればいいのかを考えて謝ることを練習させましょう。謝ることができなければ、友だちと付き合っていくことが難しくなってしまいます。出来るだけ早い段階から、謝罪の必要性や状況に応じた謝り方を丁寧に教えていきます。他者の感情の学習にもなりますから、理解が進めば子どもの対人関係も良くなっていく場合があります。

また、何より大事なことは褒められること「ありがとう」と言われることを、一方でたくさん準備しておくことが謝罪の学習の成功につながります。教育支援の原則はバランスよくです。

 

明日の支度

子どもが明日の支度に自分から取り掛かり、習慣化させる方法はあります。小学生のうちに、自分で明日の支度ができるようになると、忘れ物を減らせたり、自分で予定を決めて実行できるようになります。

夕方の時間帯は1日の疲れが出るので、子どもが明日の支度をするのは、大人が思っている以上に大変です。まずは、子どもと明日の準備がしやすい時間を話し合ってみます。支度をする時間帯は、帰宅後すぐ、おやつ前後、夕ごはん前後、お風呂前後、就寝前などがの候補となります。そのなかに、子どもが取り組みやすい時間が、必ずあります。時間を決めたら、毎日その時間に、明日の支度をするように習慣付けます。

明日の支度や宿題を忘れて困るのは本人だと分かっていても、親はあれこれ言いたくなるものです。しかし子どもは、親からうるさく言われなくても、「自分がやらなければならないこと」を案外よく分かっていますす。宿題をしたり翌日の支度をする時間は、子ども自身が決めるほうがいいです。本人に任せると時間は掛かりますが、自分で決めたことに責任を持つようになっていきます。

学校の持ち物といっても、さまざまなものがあります。教科書、ノート、ドリル、筆記用具、習字道具、体操服のほか、高学年になれば細々とあります。それらを1度にまとめる作業は、子どもにとっては大変です。そこで、まずは教科ごとに分けておく習慣を付けましょう。例えば「国語」であれば、教科書、ノート、漢字ドリルを1つのファイルや袋へまとめてしまいます。「家庭科」なら、エプロン、三角巾、マスクを全て1つのケースや袋へ入れておきましょう。必要な袋やファイルをすぐに取り出せるよう、教科名を書いておくことをお忘れなく。こうしておけば、時間割に合わせてカバンへファイルを入れるだけで支度できるので、支度がぐっと楽になります。

子どもが1人だけで支度できるようになるには、時間が掛かります。まだ1人では大変そうな場合は、親がそばで見守ってあげます。大人がそばで見てくれているだけでも、子どもは嬉しいものです。低学年のうちは、支度と宿題ができたら「ごほうびシール」を貼ってあげるのも効果的です。子どもは一進一退を繰り返しながら少しずつ成長していきます。できるようになったらすぐに任せきりにしてしまわず、時どきそばで見守ってあげると、支度や宿題の習慣が定着しやすいです。

翌日の支度は、できるだけ同じ時間に取り組むようにすると、体が覚えて定着しやすくなります。なかなか支度の習慣が定着しない我が子のせいにする向きがありますが。支度が習慣化しない原因は、帰宅後とても疲れていることが多いのです。支度に取り組む時間を子どもと相談して決め、子どもがスムーズに支度できるようにサポートしていくことで、だんだんと支度の習慣が定着します。「自分で支度できない」「支度をしようとしない」といった問題の背景には、子どもなりの理由があるのです。紹介した方法以外にも、その子にあったやり方が必ずあります。子どもができる方法を一緒に探って、子どもが「自分でできる喜び」を感じられるように応援したいものです。

 

ナンバーセンス

読み書きのつまずきと同じ位に子ども達が苦戦しているのが、算数です。すてっぷにも算数が苦手な子が多くいます。小学校入学前の子ども達は、ことばを次々と覚え理解して行きます。同時に、「数」についての理解も進んでいくのですが、「数の習得」には、視覚・触覚・筋感覚など全身の感覚が関与しています。「大きさ・長さ・重さ」などは目で見るだけではなく、手で持って感覚的に理解していきます。1個の積木を運ぶだけなら、軽くて小さいからつまんで運べるくらい。でもそれが10個だったら?もっと多い20個だったら?両手を使わなきゃいけない位に大きくなり、材質によってはかなり重くなります。こうした経験と運動・感覚によって1より10が、10より20が、大きく重たいということを感覚とともに学んでいきます。

さらに、物の移動を把握することで、「多い/少ない」だけでなく「増える/減る」がわかるようになります。これが、足し算・引き算などの演算の源になると言われています。ことばも体を動かし、経験の中で学びますがそれ以上に「数」と「身体・運動」には密接な関係があります。数はかなり感覚的なもので、日常生活に密着したものです。3歳頃から、めきめきと発達する「数に関する感覚」を「数感覚(ナンバーセンス)」や「数量概念」と呼び、研究が進んでいます。これらは、算数・数学の土台となり視覚的に捉えるものが多いです。

このナンバーセンスが育っていないと、四則演算は意味を成しません。つまり、増えるのか減るのか感覚でわからないまま計算手順だけ獲得してもそれで量を把握したという実感が伴わないからです。分数で躓くのはこの感覚のあるなしで決まります。2分の1と4分の1のどっちが大きいかは二人で山分けと四人で山分けする経験があれば即座に量の感覚がイメージできるはずですが、このイメージがでてこないと4のついた方が大きいと誤解するのです。さらに2分の1と4分の2が同じだという事も、物を切り分けた経験があれば感覚としてわかるのです。算数は論理的で訓練的なものだと思われがちですが、実は経験による感覚がものをいうのです。従って、やってもやってもできない算数があるなら、一度ナンバーセンスを確認してみましょう。子どもの発達は全て具体から抽象へ進むからです。食事の給仕やピザが上手に切り分けられる子は分数理解の素養があるのです。

「9歳の壁」「10歳の節目」

9歳の壁とは、こどもの発達課題を示す表現で、1.学習の深化についていくのが難しくなり 2.対人関係の複雑さについていくのが難しくなり 3.本人の発達の凸凹が矛盾となって様々な困難が顕在化してきます。

1.は3年生からの学習が急に難しくなることです。割り算があり、時間の60進法があり、四則演算をつかってものを考えるという学びもはじまります。やっと計算法則を手に入れたこどもたちにこの展開や文章題は本当に難しいのです。3年生の学習はその後の学力を決定づけるターニングポイントです。

2.は子どもたちの対人関係の発達的変化です。ギャングエイジという同性集団で群れ合う時期に入ります。現代は遊び集団が小さくなる中で厳密な意味でのギャングエイジはみえにくくなっているようですが、排他的で、同一性を重視する仲間集団という性質は同じです。3年生だけでは遊びに響きあえない仲間を巻き込める余裕はないので、適応できない子どもは締め出されます。

3.は発達障害児自身の発達的凸凹とその変化のことです。5歳台で難しかった心の理論(相手の立場になって考える)や内言の育ちがこの時期ようやくできる(理屈でわかる)ようになり自己を対象化できるようになります。みんなと違う自分が意識されるようになります。当然できない自分も意識できるので不安も強まります。合わせて幼児期に多動性衝動性のために意識しにくかった母親への愛着がこの時期に形成される子らもいて、不安を家族との密着でしのごうとする言動もみえたりします。「どうせ僕なんか」という語りに直面して家族の困惑も深まります。

この時期はいろんな手立てで困難を軽減=壁を低くする足場つくりをしたいです。高学年に向けて学びの場や仲間の居場所作り。学びの質も、がむしゃらな訓練ではなく普通のエネルギーでできる特性に合った学習方法の確立。また、困難が顕在化してきたらピンチはチャンスという視点も持って別のやり方を模索する機会として考えたいとも思います。自己対象化できる育ちの中で、自分の特性を知るチャンスも訪れてきます。自分を知ることは困難もつらいことも多いですが、そこからはじまることも多いのです

「9歳の壁」の姿は「10歳の節目」ともいいます。早期から支援にとりくみ、継続してきたこと、チャレンジしてきたことが実ってくるのは10歳頃です。障害の影響の強い時期を経て、家族と支援者が頑張ってきたことが、生活の積み重ねとしてかたちになってくる時期です。簡単に言うと、落ち着いてくる。思春期の前のまとまりなんてことを感じる時期でもあります。「9歳の壁」と「10歳の節目」一見すると矛盾すると思われるかもしれません。しかし、こどものあらわれ全体像を見つめた時に困難だけではなく新しい息吹もあるのです。


 

喜怒哀楽の感情表現が難しい

ASDを持つ人は、「喜怒哀楽」の表現をすることに、人一倍苦労します。ASDを持たない方の場合、辛い時は「辛い!」という表情や表現をしますが、表現に労力を要する人が辛い時、表現そのものができなくなります。辛いことで「無表情」「無反応」になっているのですが、客観的には「全く堪えていない」「受け止める気がない」ように見えてしまいます。受け手はASDの方を反応をさせようと、語気を強めるなど「力」を使ってくることがあります。そして、さらに思考が停止して相手の語気が強まる…という悪循環が生じます。また、苦しくて困っているのに「嬉しそうな表情」をしてしまうことすらあります。こうなると双方のコミュニケーションは取りようがありません。

ASDを持たない人は動揺している時ほど感情表現が激しくなります。しかしASDを持つ人は一つ一つの感情表現にエネルギーを使うため、急激な驚きや不安はフリーズ(思考停止)してしまいます。怒られて反省しているのに、それが伝わらず「反省の色がないな!」と言われてしまう方も多いです。ASDを持つ人は、怒られるなどの激しい感情を受けた場合、激しく動揺します。これを真正面から受け止め表現しようとすると、精神が壊れてしまうので、感情に「フィルター」をかけて「何も感じない」ようにすることで身を守ろうとしているのかもしれません。

ASDを持つ人は、対人緊張を持ち合わせているケースが多くあります。そのため、人と対面しているときは常に張り詰めた状態でいることがあるのです。緊張していれば、当然表情は硬くなります。表情が乏しいと、相手にはどのように受け止めているかが分かりにくくなります。また、表情が乏しいことで相手には「余裕を見せている」「微笑すらしている」ように見えることがあります。「挑発されているのではないか」と誤解されることで、相手はさらに感情が高まります。そうしてどんどん、コミュニケーションが難しくなってしまいます。

ASDを持つ人は反応がなくても、心のダメージは残っています。また過去の情報をうまく消化することが苦手です。そのため、フラッシュバックが生じ、いつまでも悪い記憶がよみがえってしまうのです。そして今回の「傷」がもとで、フラッシュバックされた分もまとめて感情を爆発させることがあります。「あの時も分かってもらえなかった!!」と過去の分の怒りまでその時の相手にぶつけてしまうこともあるのです。このようなヒステリック状態になるとお互いの関係に溝ができるほか、何より本人にさらに深い傷がついてしまいます。

このような事態を未然に防ぐには、事前に辛い時にどうなるかを伝え周囲が理解しておくことです。「辛い時には無表情もしくは微笑しているようになります」と事前に伝えておく、ということです。相手の中で「辛い=無表情」ということが分からないからこそ、語気を強めたり感情的になったりするわけです。『無表情』は障害を持たない方にとっての「堪えていない」反応だからこそ、最悪の形で誤解されてしまいます。

また、辛い時の対応も大切ですが、そもそもは辛くなる前に対処することが前提です。定期的にキーパーソン等と相談をもち、辛いことや悩み、問題を早めに解消させるように心がけます。相談の機会が多ければ、その中でどういう感情表現をするのか相手に理解してもらえるからです。対面でのやり取りだと、表情や雰囲気など「ASDにとって誤解されやすい状況」が多いです。大切な報告や指示などは書面などの対面以外の方法を双方が使えるようにすることも大事です。

「お節介な人」と「気が利く人」

同じことをしていても、「お節介な人」と言われる場合と、「気が利く人」と言われる場合があります。人それぞれ、考え方や感じ方が違うので、お節介になったり、気が利く人になったりします。電車に乗っていて、年配の方に席を譲る行為も、席を譲られた方によっては、「お節介だな」と思って断る人もいれば、「気の利く人だな」と思って、ありがたく席を譲ってもらう人もいます。受け取り方は人それぞれです。

同じことをしても、全員から「気が利く人」と受け取られる訳ではありません。逆に、全員から「お節介だな」と受け取られるということもないでしょう。でも「お節介」と「気が利く人」の受け取りは相手次第と言うわけでもありません。お節介な人と称されることが多い人と、気が利く人と称されることが多い人の違いは自分優先か他者優先かです。

自分の意見を押し付けたり、相手が拒否しているにも関わらず何かをしようとする人は、お節介と称されることが多くなります。それは、相手の内面を見ているというより、自分を見ているからです。「何かをしてあげることができる自分」に意識が向いているのです。だから、相手がそのことに対して、「お断り」の意思表示をしたときに、落ち込んだり、傷ついたりもするのです。相手の気持ちや意志、状況に、あまり関心がなく、自分に関心があると、お節介な人として称されることが多くなってしまいます。一概には言えませんが、お節介と称されることが多い人は、自信がない人が多いかもしれません。自信がないので、「何かをしてあげること」で、自己有能感を得たくなるのでしょう。また、意識が自分に向いていますから、相手が明確なお断りをしないで、困った顔をするだけでは、相手が困っていることに気づくことができません。

気が利く人と称されることが多い人は、相手の気持ちや意志、状況に関心をもっています。「何かしてあげることができる自分」ではなく、「相手」に意識が向いているのです。だから、相手が明確なお断りの意思表示をしなかったとしても、相手が困っていることに気づくことができます。そして気付いたら、「必要なかったのだな」と、サッと手を引くことができます。また、「余計なことをしてしまって、ごめんなさい」と謝ることもできます。自分ではなく、相手を尊重することができていると、気が利く人と称されることが多くなります。気が利く人と称されることが多い人は、相手の態度に左右されないですし、自分の気持ちと相手の気持ちの両方を見ることができますので、自信がある人が多いのかもしれません。人と自分の意見や気持ちが違っていても、それで自己価値が左右されることがないのです。

相手が、「お断り」の意思表示をしたときに、それを快く受け入れることができるかどうかは、「お節介」と「気が利く人」の違いなのかもしれません。「お断り」を「拒絶」と受け取ってしまうと、快く受け入れることができないので、相手への押し付けということになってしまい「お節介」になってしまうのです。自分に意識が向いているか、相手に意識が向いているかの違いなのかもしれません。

感情を学ぶ

感情は、チャールズ・ダーウィンが提唱した6つの基本的感情である<喜び><驚き><悲しみ><恐怖><嫌悪><怒り>の他に、心理学者のポール・エクマンが加えた10の感情<楽しみ><軽蔑><満足><当惑><興奮><罪悪感><得意><充足><官能的な喜び><羞恥>の16の感情があります。

基本的感情は赤ちゃんも持つ感情で、追加された10感情は成長ともに持つようになる感情です。例えば、軽蔑の感情や罪悪感に苛まされる赤ちゃんはいませんが、成長過程で軽蔑や罪悪感などの感情を持つようになるからです。

なぜ人は感情を持つのかは多くの議論があり、大きく分けると「遺伝」「身体的反応」「思考」「文化」の4つ仮説があります。どれか一つではなく複合的な要素が絡みあっていると考えられていますが、ネガティブ感情をコントロールできるようになるのも成長の証です。

ネガティブ感情を持った時に感情をコントロールできるようなれば、※人前であがらなくなる。※怒りにまかせて酷いことを言ってしまうことがなくなる。※失敗しても消沈せず、平静な気持ちでいられる。※自分の欠点を恥ずかしいと思ったりしなくなる。※恋に盲目的になり、感情に突き動かされて大失敗しなくなる。その為には、それぞれの感情がどんな時に、そしてなぜ沸き起こるのかを理解する必要があります。

最近、怒りのコントロール方法が紹介されるようになりましたが、文化的遺伝的側面で考えるのであれば欧米人のように怒りを抑えずに自分が怒っていることを表す傾向がある民族もいれば、日本人のように怒りを抑えてしまい鬱積した感情としてストレス化してしまう民族も存在します。「怒り」の感情ひとつをとっても生活ベースによって対処方法が違う場合もあるでしょう。

「恥ずかしい!」と思った瞬間や嫌な気持ちになった時、それがなぜ起こっているのかを冷静に判断し対応することができる人を社会性が高い人と言います。感情の揺れは、自己肯定感に大きく影響します。自分の失敗に関する感情(怒り、悲しみ、罪悪感など)を処理しきれない状態が続くと、自分のことを認めることは難しくなってきます。レジリエンス(逆境から離脱する力)は、「自己肯定感」の影の力で「感情力」とも言えますが、自己肯定感というベースを固めるために「感情コントロール」は避けて通ることができません。

「怒り」「羨望」という感情のコントロールは「自分との関係」(自己肯定感や自己評価)を改善することができます。自分との関係が良好になると、次に変化するの家庭や職場など、身近な人との人間関係が変化します。感情を学ぶと相手の感情を理解し、共感することができるようになるからです。感情の学習は集団活動の中でしか行えません。しかし、自然に身につく人とそうでない人がいます。そして現代社会は、後者の人たちが増えています。感情を学ぶことが必要な社会になっているのかもしれません。

家で子どもが荒れる理由

家で子どもが荒れる理由はいろいろあります。保護者はあれこれ環境の変化を考えて外で何かあったと推測します。学校でなにかあったんだろうか?学童保育所や放デイで嫌なことがあったのだろうか?いじめられているんだろうか?怒られたのだろうか?あれこれと考えてみます。でも、お世話になっている先生に何かあったかとは聞き辛いものです。また、何かあれば先生から書面や電話で連絡してくるし、先生が何もないと考えていれば、聞いたとしても「いつもとかわらない」という返事が返ってくるのがほとんどです。

次に、傾向や確率で考えてみます。A先生が担当なら荒れることが多いとか、何曜日がよく荒れるとかそれなりに根拠を探します。そこに法則性が見いだせるなら、次に原因を推測します。同じ曜日に荒れるのは、嫌なことがある日と考えて共通する取り組みを考えます。実は、このようにして原因を追究するのは事業所も学校も同じなのです。家で何か変化があったかと考えるのです。そして、少ない情報から多大な憶測を元に原因を探します。保護者と関係がとりにくい場合はなおさらその憶測と思い込みは激しくなります。

結論としては、わずかな情報と憶測で原因がわかるなら、誰も苦労はしないということです。多くの事象の原因は一つではなく複合的で、複雑に絡み合っていることが多いです。ただ、一つだけ言えることは、自分の目の前で起こっている子どもの荒れなのに、他の場所に原因を求める発想では、その荒れはなかなか収まらないことです。原因は自分かもしれないという可能性を捨てず、まず自分の対応を見直すことが大事です。自分の対応を見直す中で子どもの課題がわかってくるし、他の場所での子どもの課題や成長も見えてきます。ただ、この作業は子どもに関わる全員が取り組む必要があります。家庭と支援先で子どもの発達や障害に基づく支援について同じ理解ができていない場合は子どもの混乱は長引きます。つまり、関係者が一同に連携して支援を見直すことができれば、トライアンドエラーの時間はかかっても必ず子どもの混乱は減少していきます。

その連携のために、相談支援という仕事を専門に引き受けている事業所があるのです。親や事業所や学校は相談事業所に動いてもらって連携できるようにするわけですが、これは絵に描いた餅だなと思うことがあります。相談事業所はまず保護者と話し合ってサービス利用の中身を考えサービス利用計画書を作り行政にも会議で示します。次に必要な事業所を保護者と一緒に選びます。運よく一度で決まったなら次は最長でも半年後にモニタリングの文書を保護者聞き取りや複数の事業所から聞き取って作成します。これが定型の仕事です。

少なくとも3回の会議と2回の文書作成がノルマです。継続モニタリングだけでも年2回会議は必要です。年間稼働日が250日とすれば相談事業者が抱えることができる利用者は100人が限界でしょう。相談員はだいたいこの件数を超えて抱えています。新規で最初の基本報酬は年3万円程度、継続のモニタリング2回で年2万6千円程度、一人が稼働して必要収入を得るには新規継続合わせて100人程が経営収支ラインでもあるからです。

基本の会議だけでこんなにパンパンな状態のところに、さらに他の連携会議を入れる余地は少ないし、丁寧に会議を重ねるとなると持ち出しが多くなります。事業所や学校は招集されても会議費すら保障されないものですから善意で来てもらうしかありません。家で子どもが荒れる理由を探して解決する連携会議が合理的に専門的にできるようになるには、まず相談事業の根本から見直さないと難しいという課題が見えてきます。そうはいっても真摯な連携に勝る策はありません。

 

渋々でも納得する練習

子どもが何か希望通りに行かず機嫌が悪くなった時などに、納得させようとして言葉で色々説明したり、子どもの希望が通るように(要求が通るように)動いてあげることがあります。また、事前にそのような状況にならないように工夫し、機嫌を損ねないように環境を整えるかもしれません。

思った通りにいかない場面や、要求が通らない場面があまりにも多ければ、ストレスが大きすぎるので配慮してあげる必要はあります。しかし、子どもの機嫌を損ねないように配慮するだけではなく、思い通りに行かないことがあることを知り、渋々でも納得するという経験を積むことも大切です。

日常生活を送っていると、物が壊れて直せなかったり無くしてしまったり、決まった時間に家を出ないといけなかったり、家族に急な用事が入って楽しみにしていた予定をキャンセルするなど、実際にどうすることもできない場面があると思います。そのような場面で、機嫌を大きく損ね、長く引きずるようであれば日常生活に困難をきたします。また、少し思い通りに行かない些細なことで、機嫌を損ねるようになるかもしれません。集団生活にも支障をきたします。上手くいかなくても渋々納得する力をつけるためには、渋々納得する経験を積んでいく必要があります。

状況を理解する力や知識をつけるため、なぜ我慢しないといけないかを分かりやすく説明してあげることは大切です。例えば、「壊れてしまったからもう動かない、お母さんも直すことができないから、あきらめるしかないです」など。子どもの言語スキルによっては、絵にかいて説明してあげても良いです。しかし、説明しても子どもが納得せず、怒ったり、駄々をこねたりしたとき、それ以上言葉や絵で説明して納得させる必要はありません。もうその状況を受け入れるしかないことを経験させてあげてください。「もう仕方ないです」とだけ言って取り合わないようにし、子どもから離れます。

子どもは泣いたり怒ったりすると思いますが、時間が経つと諦めます。子どもが諦めて落ち着いたら、何もなかったように普通に接してあげてください。「よく我慢したね」と軽く声をかけてあげても良いです。子どもが思い通りに行かず混乱したり、怒ったりした時に、機嫌を直すために何とかしてあげようと働きかけるのではなく、学習の機会と考えて渋々納得させる、諦めさせるということも大切です。そういった経験を積むことで、思い通りに行かない時に怒っても仕方がないことを知り、我慢できるようになってきます。このような対応に合わせて、状況を理解する力や知識を伸ばしてあげることで、大きく混乱することなく生活できる時間が増えていきます。

ただ、大人の勝手な都合(大人側のミス)だけでなくなったり変更したりする理不尽なトラブルで諦めさせることを経験させると、信頼関係が崩れて本人も約束を破るようになって回復がとても困難になるケースがあるので、大人側のミスであるなら、正直に理由を述べて丁寧に謝る、がっかりさせたことについて詫びる、お詫びのしるしに金品を与えるのではなく子どもの苦情をよく聞いて共感するという行動を大事にする必要があります。

学習障害

学習障害のある子どもは、勉強していく上で必要となる「書く・読む・聞く・話す・計算・推論」のいずれかまたは複数の力が、同年代の子どもに比べて一著しく低いです。中には知的障害やASD・ADHDなど他の発達障害が併発する人もいます。ただ、勉強ができない理由には、知的障害が原因の場合もあります。知的障害と学習障害では原因が違います。原因が違えば支援方法も異なるので注意が必要です。知的障害は読み書きが必要な学習面だけでなく認知の全般的な遅れです。学習障害は、認知能力の凸凹であり、会話をしていると全く遅れを感じないばかりか優れた洞察力や創造性がみられる子どもも少なくありません。近年、学習障害と診断される子どもが増えてきていますが、これは学習障害の認知度があがったためで、昔は学習障害に気づかれず適切なフォローをされないまま大人になっていくケースが多くありました。

学習障害は、脳機能の障害のため、その原因の一つは遺伝です。ただ、学習障害が親から子へと遺伝するメカニズムは未だ解明されていません。親や兄弟で学習障害の人がいると、学習障害の発症率が高くなることから原因の一つとして遺伝が挙げられています。ただ、学習障害でない親から学習障害をもつ子どもが産まれることもあり、単純に遺伝だけで説明がつくものでもありません。学習障害が遺伝するメカニズムが容易に解明されない理由の一つとして、「学習障害はある特定の遺伝子が原因ではない」ということが挙げられます。また、学習障害になりやすい原因となる遺伝子が親から子への遺伝しても、必ず学習障害の症状が出るわけでもありません。。

学習障害は環境要因も原因となります。遺伝は、学習障害の原因の一つでありますが、全てではありません。学習障害は、遺伝的要素の他に環境要因が合わさって発症するとされています。学習障害を含む発達障害の子どもに対して、「親の育て方やしつけがなっていないせいだ」と心無い発言をされることがありますが、様々な研究により学習障害を含む発達障害は、先天的な脳機能の障害のため、親の育て方が原因でないことは明らかになっています。現在は、学習障害に対しての世間の認知度も高くなってきているので、親を責める発言は減ってきていますが、学習障害児に対して学校や社会で適切なフォローがされず、親の責任とされているケースは今でもあります。以前は学習障害そのものが見過ごされていた事例も珍しくありません。ただ、先にも述べたように環境因も合わさって発症する場合があるので、通常の子どもの環境と比べて劣悪な場合(睡眠・食事・運動など日常生活のリズムが小さな頃から家族全体で崩れている等)は、保護者の責任がないとは言えません。

学習障害の子どもを持つ親にとって大切なことは、原因を知ることよりも、子どもが学校や社会で困難が少なくなるようにサポートしてあげることです。学習障害は、本格的に勉強を始める小学校入学以前はなかなか親も気づきにくいですが、子どもの様子に他の子どもと違う点が多いように感じたらできるだけ早く専門家に相談してみましょう。より早く学習障害と診断されることで、早期に療育を開始できるため、より高い効果を期待することができます。学習障害の原因は、遺伝だけでなく、様々な環境要因が合わさってています。環境要因の中には、親の力ではどうすることもできないものが多いので、学習障害を予防することはできません。学習障害の子どもに対しては、子どもの症状にあった学習法を見つけてあげ、子どもがより意欲的に学習に取り組めるようにサポートしてあげることが大切です。