2020年3月の記事一覧
自尊感情と山のぼり
Y君が、山登りはしんどいから嫌だ」と朝から予防線を張ってきます。今は全日プログラムなのでずっと室内と言うわけにもいかないし、ずっと公園と言うのも芸がないので、お天気の日は朝一西山に登りに行きます。と言っても、近所の光明寺までは車で行くので、往復2キロ30分で高度差200mもありません。山登りと言うよりは散策に近いです。
今日は保育所の年長の子どもたちとも出会いました。保育所から全て徒歩なので往復4キロは歩いています。なのに小学生高学年にもなって坂道が耐えられないのです。トホホ。
でも、小さい時を思い出すと、マラソン大会とか山登りとか嫌でしたと言う人はたくさんいます。あの嫌さ加減はイケイケの大人が、自分のペースを崩してくるのでしんどいのです。だから、決してイケイケとは言わないのですが、それでもしんどいことは嫌なのだそうです。「もうちょっと、もうちょっと」と思って歩いて、必ず行きつく山だからこそ、だんだん強くなっていく自分が分かるので、自尊感情の形成には最高なんですが、やっぱだめですかー。困りました。
感染が怖くて外出できない
Wさんが、武漢ウィルス感染が怖くて外出できないそうです。毎日、垂れ流されるコロナの報道はASD児には迷惑な話です。以前にも、イラク戦争の映像が四六時中流されるのでいつ戦争に巻き込まれるか心配で夜も眠れず疲弊していったASDの中学生のことを思い出しました。
考えてみれば、テレビの報道は10万分の1以下の感染例を挙げているにすぎません。人口1億で1000人が感染しているとすれば確率10万分の1です。飛行機が落ちる確率は10万分の1未満ですから、ほぼあり得ない確率だということがわかります。
10万分の1の確率をイメージするには、サイコロで同じ数字が6回出る確率が約5万分の1で、7回続けてなら28万分の1です。こんな確率で感染すると考えればイメージしやすいです。しかも感染しても子どもは軽症です。こういう情報をメディアがしっかり流さないから、根拠もないのに苦しむ人が出るのです。
でも、イタリアでは二千人近く死亡していると連日報道しています。これは軽症でも感染した市民が病院に押し寄せ、パニックで医療に機能不全が生じたのが原因とのことです。パニックというバイアスがかかっているものを確率換算するのは科学的ではないですが、それでもイタリアの人口比で考えれば、死亡率は2万5千分の1です。日本は3/18で24名だから500万分の1です。ちなみに2019年の交通事故で死亡する確率は3万分の1だったそうです。これは1年の確率ですから3か月に換算すればいいことになります。外出にはいろいろリスクはあるけれど、リスクの確率をよく知っていれば、必要以上に怖がらず正しく警戒できるようなると思います。
エラー修正
U君は、「ジュースが欲しい」「クッキーが欲しい」等、事業所での簡単な要求なら絵カードで自発のコミュニケーションができます。ただ、学校等では「あーあー」と大きな声を出せば「どうしたの?何が欲しいの?」と聞いてくれるので、大きな声は要求のきっかけを作る行動にもなっています。
ある時、U君が「あーあー」と大声を出しているので、U君が公園に行きたいのだと思い連れ出した、とスタッフから報告がありました。そこで議論になったのは、大声を出すと公園に連れて行ってもらえると誤解しないだろうかという事です。「それなら、彼の欲しいもの(公園に行く)がわかっているので、絵カードを出させたら良かったですね」と意見が出ました。正しい意見です。問題はどうやって間違った行動を絵カード表出行動にもっていくかの修正方法です。
ABAの手法には、適切な行動の教え方はあちこちに掲載されているのですが、間違った行動を修正する方法があまり紹介されていません。当事業所が知る限りは、PもECSの4ステップエラー修正のみです。これは、モデル・プラクティス・スィッチ・リピートの4段回の修正方法のことです。
絵カード交換コミュニケーションだけでなく、修正はいろんな場面で必要です。なぜ修正方法に注目するかと言えば、マニュアルがないと人によっていろんな修正をするからです。結局、修正する人の指導スキルの違いがその子に混乱を与えるだけでなく、指導方法そのものの信頼度を失墜させかねないからです。また、仮にその修正方法に間違いがあっても、やり方が違えばどこを修正していいかわからなくなります。マニュアルを小馬鹿にする人がいますが、それは効果がないのに検証されずに続けているマニュアルが少なくないからです。本来マニュアルはバージョンアップするためにあるのです。行動修正は4ステップエラー修正でお願いします。
メンテナンス
毎度ご愛読いただきありがとうございます。
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【映画】ゆうやけ子どもクラブ!
東京都小平市にあるゆうやけ子どもクラブは、今から40年以上前の1978年に、放課後や夏休みに子どもの活動場所が欲しいという親の切実な願いで誕生しました。全国でも放課後活動の草分け的な存在です。ゆうやけでは、小学生から高校生までの子どもたちが共に放課後を過ごします。知的障害、発達障害、自閉症など、障害はさまざまですが、遊びや生活を通して、子どもたちと活動を続けてきました。
カメラは、クラブに通う子どもたちに寄り添います。自分の気持ちをうまく表現できない子ども、積み木に夢中になって子どもたちの輪になかなか入ることができない子、音に敏感すぎる子どもが、ずっと給湯室にこもっている姿等を追い続けます。スタッフは子どもたちを全身で受け止めます。カメラは、そんな彼らが時間をかけてゆっくりと変っていく姿を追いかけます。子どもたちにとって大切なことは何か。映画は、ゆうやけ子どもクラブでの子どもたちの時間を描き、問いかけます。残念ながら京都での公開は今週土曜までの1週間、武漢肺炎のリスクを押して鑑賞に行く方は少ないと思います。
ゆうやけ子どもクラブと同じように乙訓では1983年から障害児学童保育運動が起こりました。支援学校の子どもだけが学童保育所に入れない問題が、母親の急逝を契機にした父親の子育てと就労問題として顕在化したのです。しかし、不公平だと告発するだけではその子どもは救われません。また、たとえ学童保育に入れても小学校6年生までです。自立の速度が遅い子どもの放課後や学校休業中の問題は解決しません。今問題を抱えた親子と一緒に民間で実際の保育を立ち上げるしかないという教員と親の働きかけに、心ある学生たちが共感して始まったのが乙訓の障害児学童保育運動なのです。
長岡京市のわっしょいクラブ、向日市のガンバクラブ、大山崎町の友達の輪という3つの障害児学童保育運動が放デイが法制化されるまで30年程続きました。放デイに発展的解消をした乙訓の運動とは違い、長期休業中だけでなく毎日の放課後の活動にも取り組んでいたゆうやけはNPO法人に発展し、専従職員を擁したことから放デイに持続的に発展していきました。ホームページなどから感じられる雰囲気も実践も昭和のままの懐かしい感じがします。見に行きたいけど、ちょっと勇気がいります。
★京都シネマ 3月7日(土)~3/13(金) 11時55分〜
基地遊び その後
基地作りについては「基地 02/20」で紹介したところですが、戦力を増加してまだまだ続いています。最初はE君・O君二人で、崖の斜面に二つの小さな穴ぼこを見つけて「これはイケテル」ということになり、せっせと枝やら石やら集めてきていました。それを見ていたP君も、普段は共同作業などは言われたらやる程度の子どもですが、崖の上から通りかかるスタッフに「あそこに基地がある」といちいち教えてくれます。今ではQ君とRさんも加わって来る日も来る日も5人で築城に励んでいます。
そこへ、S君がやってきて「基地って穴ぼこ二つあいているだけやん」と、何が面白いのか分からないという風に眺めていました。でも、せっせと枝やら石を運んでいるみんなを見て少しうらやましくなってきたようで、ススキの枯れ草と小枝を持っていて「これ使ってくれ」と差し出したのです。棟梁役のE君が「はーぁ?これ何に使うんや?」と一蹴。S君は、取りつく島もない様子にすごすごとその場を離れました。
要するに築城メンバーは基地(山城)遊びのイメージを共有しているのです。今日は城門、明日は城壁と自分たちで共有し発展していくイメージを「穴ぼこ二つ」「小枝」「石ころ」「枯草」に見立てを重ねて楽しんでいるのです。S君が「これを騎馬の飼葉と厩舎の鍬に」と言えば仲間になれたのかもしれません。でも、相手の考えていることが読みにくいU君には、ただ周囲のモノを備蓄している風にしか見えなかったという事です。それにしても彼ら彼女らはいつまで続ける気なのでしょうか。面白いのでずっとウォッチングを続けることにします。
調理活動と食の記憶
発達障害の子どもは味の好き嫌いが激しく、家庭でも、食べてくれるならと同じものを作りがちになります。調理は放デイの定番プログラムですが、この子どもたちは作るけど食べないことが良くあります。筆者などは、味もわからず作るだけってどうよと思ってしまうのですが、慣れるとそんなものだと子どもは思っているみたいです。
昨日もN君が、焼きそばの名前が思い浮かばずに「黒いやつ(麺)のことか?」と言ったのには驚きました。子どもと言えばソース味、ソース味と言えば焼きそばたこ焼きお好み焼きと相場は決まっており、いずれも放デイの料理プログラム御三家です。年間、ソース系は月に2回以上は作りますから年間20回を越えます。日によって来る子は違っても、まんべんなく体験できるようにプログラムを組みますから、最低5回は経験しているはずです。しかし、「黒いやつ」と焼きそばの名前が出てきません。何回作っても食べないと名前は記憶にも残らないということが発覚しました。
家にいたらイライラする
3月から臨時休業といってもまだ3日しかたっていないのに、「イライラする~」と言って事業所にくる子もいます。M君などは先週インフルエンザで1週間も家にいにいて、やっと学校に行けると胸をなでおろしていたら、新型コロナウィル拡大防止の臨時休校です。まさに、踏んだり蹴ったりとはこのことです。「家にいてもママがいるからビデオゲームも自由にできないし、がみがみ言われるし、好きな本も学校の図書室に借りにいけないし、ストレスたまりすぎで病気になるわー」だそうです。
そういえば公立の図書館も感染防止策で軒並み臨時休業だそうです。びわ湖ホール開催の1億6千万の経費の掛かったオペラも無観客演奏。高校野球も無観客試合。ノーリスクを求め始めると転がる雪玉のように不安が不安を生み出します。M君の怒りには「おっしゃる通り、お察し申し上げます」と応えるしかありません。
太ってるね
L君の興味は長い間変わっていません。太っている痩せているの違い、イケメンと不細工の違いです。要するに基準がないのでずっと気になっているのです。どこからを痩せているというのか?何を指標に不細工と言うのか?そんなものはありませんが、人は即座に痩せている、不細工だと感じます。そこが不思議でならないので、何度も周囲の大人に「僕は痩せている?不細工?」と質問してきます。
毎回のL君の同じ質問に辟易した大人は、「別に、普通ちゃうか」と答えます。L君にとっては「普通」はもっと不可解な表現なのです。何をもって中間点とするのか?その幅はどの程度なのかさっぱりわかりません。それでも人は結構「普通」を乱発して使います。
今日もL君は知らない人を見て、その人に聞こえそうな声で「太ってはるなぁ」と言います。L君はその発言を聞いてその人がどう思うかなどの関心はありません。自分の「太っている痩せているBOX」に分類して分けたいだけなのです。紙に書いてあげましょう。「身体の分類の話は、聞くのが嫌な人が多いので、スタッフMさんに手紙で質問します。」さぁ、うまくいくでしょうか。
余暇支援
Kさんが、人にくっついて離れないのは自分の好きなことが見つからないからではないかという話をしました。自由時間の使い方は、多くの子どもは読書かyoutubeやDVDを鑑賞します。
Kさんもタブレットを使ってはどうかという意見に対し、自分で終わることができないので、結局やめるやめないの大騒ぎなって、大人との関係が悪くなってしまうから使って貰いたくないという反論が出ました。
だったら自動タイマーでタブレットが使えなくなるアプリを導入したらと提案をすると、それがあるなら大丈夫みたいです。DVD鑑賞も時間が来たからと大人が消すと大騒ぎになるけど、後ろからそっとリモコンで消すと何もなかったかようにやめることができるそうです。必要は発明の母。このアプリ開発者も同じ悩みだったのかもしれません。ご家庭でもオススメです。英語版ですが日本語説明のWEBもあるので設定は簡単です。DinnerTime Plus (Android版だけです)。
iPadはスクリーンタイム(iOS 12)という機能が標準装備であるのでこちらをお使いください。Android9のDigital Wellbeing にも同じような機能がありますが簡単に解除できることと、Android8以前のタブレットでは動作しないようです。