すてっぷ・じゃんぷ日記

2021年1月の記事一覧

自立移動

Y君が散歩のときにいつもみんなから離れて歩くのでスタッフは見守りながら近くを歩いています。交通量の多い横断歩道でみんな青信号を待っていました。車が途切れた時に、ふっとY君が足を車道に踏み出したのでスタッフが止めましたが、信号は見てないのだという事がわかりました。

話し言葉でコミュニケーションできない人に信号や交通ルールがどの程度理解できるのかはよくわからないです。ただ、まったく無理だと思って信号や道路横断を教えないというのも違うように思います。赤なら止まることを教えるのは可能ですが、歩行者が青でも突っ込んでくる車両もあるので青の教え方は難しいです。

自立は可か不可かではなく、その間に依存度がどの程度かという考え方が重要です。「この人はわからないから」ではなく、どの程度ならわかるのかという見極めと挑戦が必要となります。「どっちにしたって人手はいる」という支援側の目線ではなく、一人でここまではできる、ここは手伝ってもらうという本人側の目線が必要です。その積み重ねが自尊感情を育てる土台になるのだと思います。

友達ができる薬?

犬猿の仲だったW君とX君がここ数か月大親友のように遊ぶようになりました。W君はもともと乱暴な子ではないのですが毒舌では彼の右に出るものはいません。X君はちょっとしたことで大声を出したり意地悪をするので、その行為を見てW君がX君をディスるのです。それでまた、X君が激情するという悪循環でした。

ところが、最近二人はとっても仲がいいのです。聞くとX君が怒ったり大声を出さなくなったというのです。X君は、一昨年から何種類か落ち着くことを目的に服薬を試していたのです。何種類目かに変えた頃からとても穏やかになったのです。そうすると本来のX君の良さが出てきてこれまで寄り付くことがなかった子までがX君と付き合うようになったのです。本当は友達が欲しかったX君はそれを契機にどんどん穏やかになっていったのです。

X君は薬のせいだと思っていますが、薬はきっかけを作っただけです。こうすれば友達はできるんだなと学習したからです。服薬の調整には時間がかかりますし、効果があっても副作用でやめざるを得ない時もあります。薬の種類を変えて自分に合う薬を探すのに粘り強く取り組んだ結果、「友達が欲しい」という願いが叶い、友達をゲットするスキルも自分の力で学べたのです。本当によかったなと思います。

 

 

 

大声の原因

U君やVさんが理由は分からないけど、えらく大声を上げるようになっているので心配です。ASDの方でコミュニケーションスキルが少ない方の場合、声のコントロールをお願いするのはとても難しいのです。「うるさい」というのは本人の感覚ではなく他者の感覚です。声ですから声を出した後は消えてしまいます。視覚に示すこともできません。つまり、他者が何をどうしてほしいのかがとても示しにくいのです。

コミュニケーションスキルがある程度ある人には、「声のレベルメーター」を示して「レベル2でお願いします」とは示せますが、レベルメータを認識するには人と自分を比べる力が必要になります。なので、事業所内で活動する時に声のコントロールができない人は一緒に集団活動ができません。音刺激に弱い人も大勢いるからです。

大声の理由は様々ですが、人が注目したり、人が離れていくことに利得を得ている人が少なくありません。しかし、最も厄介なのは本人の感覚刺激となって快感を感じている人です。腹筋や声帯に力を入れるのがいい人もいれば、頭の中で音が響くのがいい人もいます。この場合は快感を奪う方法を考えるわけですからとても難しいのです。

何かいいアイデアはないか検討中ですが、まずは詳細なアセスメントをして静かな時がどんな時かを見つけていこうと思います。ただし、本人の意思とは関係なく短い大声を出してしまうトゥレット障害の場合は、まずは医療との連携が大事です。服薬でよくなる方もいるようです。

 

応答の指さし

最近、T君が指差しをすると言います。「ほんまかいな?」と疑うスタッフがほとんどでした。指差しは前言後の段階です。よく1歳児が「あ、あ」と大人に向けて声を出しながら車や動物を指さします。「そうだね、ブーブーだよ」「ワンワンだね」と大人は答えを繰り返します。これが自発から叙述の指差しの段階です。そして音声を学んだ子どもは「ブーブー」と車を指さして大人に知らせます。

ところがT君の指差しにはこの段階を飛び越えて「欲しいのはどれ?」「どっち」に応答して指差しで答えます。もちろん「これ」「こっち」と言う言葉を獲得していません。おそらく、このスキルの獲得はPECSのトレーニングの結果だと思います。PECSのフェーズ3は欲しいカードを選んで相手に渡します。もちろん、どっち・どれとは聞きません。間違えば間違ったものを渡し、正しいカードを教えるだけです。

このトレーニングが「選択したことを指さしで相手に示す」方法をT君に気づかせたということです。発達的に言うとその前に指差しの「指向」「自発」「要求」「叙述」の段階を経て「応答」が始まるのですが、T君には応答以前の指差し行動は見られませんでした。いきなり応答の指差しだと言うのです。人と見たものを共感することより、欲しいものを指さしで手に入れる方が彼にとっては意味があったのかもしれません。

もちろん指差しは直接モノに触れず指さすから言語と言う記号に発展すると考えられているので、モノに指先を近づけがちなT君の指差しは「?」のところもあります。また、応答表出は自発表出を抑制しやすいから評価できないというのも彼に限っては少し違うような気がします。

現場が知る子どもの発達は同じ筋道ではありません。同じ人が多いというだけで全員同じだという根拠は無いのです。発達には順序性があると遠い昔に習った記憶はありますが、違う発達の筋道もあるかもしれないという柔軟な受け止めが大切だと思います。ただ、柔軟性はセオリーを熟知している人にしか担保されないのも事実です。教条主義は無知から生じるものです。

計算とワーキングメモリー

S君が朝から「俺、宿題するわー」と冬休みの宿題を始めました。分数の加算です。通分の意味は分かるのですが、分母を同じにする最小公倍数を見つけるのに時間がかかります。これはワーキングメモリーの問題です。頭の中で簡単な計算をしたり短時間記憶しておく機能をワーキングメモリーと言いますが、これは人によって計算回数の能力が違ったり記憶しておく単語量が違います。

小学校の場合、大きな数字は出さない代わり暗算で解を求めさせようとします。もちろん仕組みを教えるときに書き出して理解させようとしますが、実戦は暗算です。こうなるとワーキングメモリー量がものを言います。なので、暗算の苦手な子どももは書き出せばいいのです。

また、公倍数の意味さえ分かっていれば、たくさん課題を出さなくていいのです。課題をたくさん出すのは、トレーニングによって暗算が早くなるようにという訓練的な考え方からですが、ワーキングメモリーの少ない子どもは、やってもやっても早くならないし時間だけがかかり苦行でしかありません。学校の担任は、ワーキングメモリーの実態を把握してトレーニングで暗算が早くなる人かどうか調べてからにしてほしいものです。

S君には「ゆっくりやればいいよ。インターバルで少しづつやろう」とは言っていますが、量が多すぎます。意味が分かっていて暗算が弱いなら量は求めない配慮が大人には求められます。

公約数・最大公約数は『連除法』を用いれば楽に求められます。要は、連除法をして外側の数をすべてかければ最小公倍数となり、最大公約数は縦をかければいいのです。こうして書いて公倍数・公約数を見つけるのは時間がかかりますから、量を減らして意味をつかませながら計算をさせます。その方が、今後難しい問題に出会ったときに絶対に役に立つのです。