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みんなちがってみんないい

ワーキングメモリトレーニング

コグメドジャパンのHPに、ADHD等のワーキングメモリーは、彼らが開発したトレーニングによって改善される旨を書いた文章があったので少し読みやすくして掲載します。-----------------------------------

ワーキングメモリは、情報を数秒間くらいまでの短い時間保ち、処理する能力で、多くの高次の認知機能の鍵となる、誰もがいつも使っている重要な能力です。読んで理解する、計算をする、相手や文脈に即して会話する、作業に集中する、衝動に対して状況を見て抑制する、いくつもの料理を同時に作ることや電話にでながらメールに目を通すなどの同時作業や、最後までの段取りを考えながらひとつひとつの作業をしたり、多くの諸条件の中で最適な答えを見つけるのにワーキングメモリは不可欠です。

知能の中心である一般知能のなかでも、記憶に頼らない問題解決能力または流動性知能や、学校の成績とワーキングメモリについてこれまで多くの研究がなされ、強い関係が明らかになっています。特に注意や集中力とワーキングメモリの関係について従来から多くの研究報告がありました。認知心理学においては、ワーキングメモリの容量をみると、通常群とADHD群でおよそ標準偏差1つ分の差があることが報告されています(Westerberg et al. (2004) Child Neuropsychology)。これは、脳科学的に活動部位が重なっていることや、ドーパミンシステムの関与が示されています。

しかし、従来は、ワーキングメモリは個人の固定した能力として、自然成長以外の方法で改善したり、個人差を解消することはできないと思われてきました。

ところが、スウェーデン、カロリンスカ大学のクリングバーグ教授をはじめとするコグメド(WISC等の版権を持つ英国ピアソン社の子会社)とその創業者メンバーは、ワーキングメモリは伸ばすことが出来るか、そして能力を増したワーキングメモリはそれによって、知能、問題解決力や集中力など関係する能力や行動・症状に影響を及ぼすか(汎化)という研究課題に取り組みました。

このチームは、1999年から2001年まで、脳科学と心理学の知見と、ゲームの芸術を結集してワーキングメモリトレーニングを開発し、ワーキングメモリの改善と脳のネットワークに起きる変化(可塑的変化)を科学的に証明し、結果はNature Neuroscienceに掲載されました。さらに、このトレーニングがワーキングメモリの改善とともに、知能など他の認知機能の改善や、不注意や多動など行動・症状面の改善効果があることを科学的・臨床的に証明し、結果はJournal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatryに発表されました。こうして、クリングバーグ教授らは、ワーキングメモリは伸ばすことができ、知能(一般知能、流動性知能)、問題解決能力や集中力・不注意・多動などへの効果があるという答えをだしました。

体力低下

2019年度の全国体力テストでは、小学5年と中学2年の「体力合計点」が低下に転じたことが明らかになった。スポーツ庁はスマートフォンなどに時間を取られ、運動不足の傾向が強まる可能性を指摘し、「さらに体力が落ちるのではないか」と危機感を募らせている。

スポーツ庁はスマホやゲーム機、パソコンなどの画面を見ている時間を調査。平日に1時間以上使っている子どもの割合は、小5は男子83.3%、女子73.1%、中2は男子90.3%、女子87.6%に上った。いずれも16年度より多く、中2女子は6.3ポイント増加していた。同庁では、子どもが運動していた時間が、スマホなどに費やされている可能性を指摘。「小さいうちから使用時間が長くなり、幼児期からの累積の運動時間が減ってきたのではないか」と話し、長期的な影響が及んでいるとの見方を示した。

運動やスポーツの好き嫌いと、スマホ使用時間の相関関係も浮き彫りとなった。小5男子では「嫌い」と答えた児童のスマホ使用時間は「5時間以上」が33.7%で最も多かったが、運動好きな児童で5時間以上は13.7%にとどまった。中2男子もそれぞれ31.4%、9.1%で、女子も同様の傾向が見られた。同庁は運動の楽しさを味わってもらうよう体育の授業を改善する必要性を強調する。授業以外でも「仮想現実(VR)技術で疑似体験しながら体を動かす」といった例を挙げ、運動時間の増加につながるスマホなどの活用を模索すべきだとした。【時事】

運動の楽しさとは、小学生の場合は友達と遊びで身体を動かすことです。大人みたいに、マシーンで筋力アップとか、ランニングして健康度アップして楽しいという子はいません。放課後や休日のわずかな時間、みんなで走り回るから楽しいのです。だから本事業所では、お天気さえよければ、外に出かけます。部屋の中にいてはPCやらタブレットやらの誘惑が強すぎるからです。

本事業所でも山は嫌だ公園は飽きたという子どもは少なくありません。本当は落ちている枝だって楽しい工作物になるし、穴掘りだって遊びになります。水の流れは冬でも惹きつけられるし、堰止めしたりものを流したりして関わりたくなります。そこに仲間がいれば外はなんだって楽しいのですが、そのことを伝えるのは簡単そうで難しいです。

記憶障害

発達障害の記憶の問題をあれこれ書いてきましたが、老化していく人にも個人差はあるけど記憶の問題が横たわっています。名前が思い出せず、事物の現象を概念化した言葉がなかなか思い浮かばず、「あれこれそれ」と指示代名詞が多くなってきます。厄介なのは、物忘れによる思い違いです。これは周囲の人も巻き込むので影響が大きいです。記憶が衰えないという人は数少なく、多くの人は記憶の問題が年齢とともに進行します。

これを予防するのは難しいですが、記憶障害の被害を最小限に抑える方法はあります。IT機器が記憶の代行をしてくれるように自分の生活や作業パターンを変えることです。自分の記憶を信用せずデジタルデバイスに記録されたものを頼りに生きていくのです。こう書くと味気ないですが、若年層で記憶の課題を抱える高次機能障害の方等で、うまく生きている方はこの方法を多用して生きています。ただ、老化によって思考の柔軟性も落ちてきているので、これまでのやり方が変えられない方がいますが、それは周囲の方の構造化支援によってIT機器を使わざるを得ない環境に仕向ける協力が大事です。

一般的に、「記憶障害=物忘れ」だと思われがちですが、記憶障害には物忘れ以外にもたくさんの種類があります。記憶とは、外からの刺激(経験)を情報として脳にインプットし、脳内に残しておいて、必要に応じて思い出すことです。記憶には、短時間だけ覚えておく記憶、長期間保持される記憶、出来事に関する記憶、知識に関する記憶、運動や技術に関する記憶など、様々な種類があります。

記憶は、主に記憶のプロセス、記憶する期間、記憶の内容によって分類されます。
記憶のプロセスによる分類:記銘、保持、想起
記憶する期間による分類:感覚記憶、短期記憶、長期記憶
既往の内容による分類:陳述記憶(エピソード記憶、意味記憶)、非陳述記憶

記憶は、記銘、保持、想起という3つのプロセスに分類され、それぞれの段階で記憶障害が起こります。記銘とは、外からの刺激(経験)を感覚器官で知覚し、情報として脳に送ってインプットする段階です。記銘が障害されると、情報が脳へインプットされないため、脳内に記憶が残らず、思い出すこともできません。つまり、「経験そのものを覚えていない」という状態です。認知症を発症すると、新しいことを記銘することが困難になり、経験そのものを忘れてしまう(そもそも情報を脳にインプットしない)ようになります。保持とは、送られてきた情報を脳内に保存しておく段階です。記憶は、想起されないままだと時間の経過によって薄れていき、思い出しにくくなります。また、他の記憶とごちゃ混ぜになって保持している記憶が変容し、元の刺激とは異なる情報が想起されることもあります。想起とは、脳内に保存された情報にアクセスし、その情報を思い出す段階です。想起が障害されると、脳内に保存された情報にうまくアクセスできず、思い出すことができなくなります。一般的な物忘れは、覚えていたことを思い出せなくなるという現象で、想起の段階がうまくいかないことで起こります。加齢による物忘れで多いのが想起の障害です。

記憶は、記憶する期間によって感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3つに分類されています。
また、長期記憶については、記憶の内容によってさらに陳述記憶(エピソード記憶、意味記憶)と非陳述記憶(手続き記憶)に分類されます。いずれの段階でも記憶障害が起こります。

感覚記憶とは、目、鼻、耳などの感覚器官に刺激が入力された時に一瞬だけ保持される記憶です。感覚記憶のうち、注意が向けられた情報だけが短期記憶に保持され、他の記憶は意識すらされないまま消失します。感覚記憶が障害されると、そもそも周囲の刺激に気づかず、注意を向けることがなくなります。

短期記憶とは、感覚器官に刺激が入力された後、数秒から数十秒間だけ保持される記憶です。最近は、作業に必要な間だけ覚えておく記憶という意味で、ワーキングメモリー(作業記憶)と呼ばれる記憶も含めていうようです。短期記憶は、短時間だけ記憶されるという時間的な制限に加え、短期記憶として一度に保持できる容量にも制限があることが分かっています。例えば、計算途中の数字を記憶しておいたり、電話番号を確認してダイヤルするまで番号を覚えておいたりして、必要なくなったら忘れるのが短期記憶です。短期記憶が障害されると、計算や料理など複数のことを頭の中に留めながら作業することも困難になります。

長期記憶とは、数分間から一生まで長期間にわたって保持される記憶です。短期記憶と違い、容量制限がないことが特徴です。なお、神経学上は、記憶を保持する期間が数分から数日程度の近時記憶と、それ以上の遠隔記憶に分類されることもあります。長期記憶は、記憶の内容によって、エピソード記憶、意味記憶、手続記憶に分類されます。

エピソード記憶とは、経験した出来事に関する記憶です。エピソード記憶は、経験した出来事そのものに加え、時間、空間的文脈、身体や心の状態も記憶しているという特徴があります。例えば、「昨日、○○のことで、△△の、メモをした」、「普段は○○だけど、今回は△△に変えた」などの記憶が、エピソード記憶です。エピソード記憶が障害されると、経験したこと(エピソード)を忘れて行動してしまいます。ひどくなると自分の家族との思い出などをエピソードに付随する情報と一緒に忘れてしまい、話がかみ合わなくなります。

意味記憶とは、物や言葉の意味、対象同士の関係性、社会のルールなどに関する記憶です。意味記憶は、同じ経験を繰り返し積み重ねることでできあがり、エピソード記憶のように記憶した時間や場所などの情報は残りません。例えば、キュウリという単語の意味に関する記憶(大きさ、色、形、味、野菜に分類されるという知識など)が、意味記憶です。意味記憶が障害されると、人や物の名前や意味などを忘れてしまうため、「これ」、「それ」、「あれ」などの指示代名詞が多くなり、会話による意思疎通も難しくなります。

手続記憶とは、学習や練習を繰り返して身につける技術などの記憶です。手続記憶は、一旦記憶ができると無意識のうちに機能するようになる上、長期間にわたって保持されるという特徴があります。例えば、サッカーをする、泳ぐ、ギターを弾く、絵を描く、自動車を運転するなどの記憶が、手続き記憶です。認知症による記憶障害では、手続記憶が失わることはあまりなく、失われたとしても軽度に留まる傾向があります。

認知症による記憶障害は、まず、近い時期の出来事に関する記憶から障害されていきます。新しいことを記銘できなくなって、つい先ほどの経験したことを「まるで経験していないかのように」忘れるようになり、症状が進行するにつれて、過去にさかのぼってエピソード記憶や意味記憶が障害されていきます。手続記憶については比較的維持されますが、加齢による運動機能の低下により、「覚えていても実行できない」ことが増えていきます。

認知症による記憶障害への対応は、薬物療法による治療と、家族や周囲の人の関わりが重要です。認知症の記憶障害は進行性であり、症状を完全に治療する方法は見つかっていませんが、薬物療法によって症状の進行を遅らせることはできます。医師が処方した薬を用法用量を守って正しく使用できるように周囲の人が協力します。

認知症の人は、記憶障害の自覚はありません。周囲と話がかみ合わなくなるにつれて「何となく変だ。」という感覚を抱くようになりますが、自分の認識している世界が周囲の人と違うことには気づかないため、周囲の人が客観的な事実を伝えても受け入れようとしません。それどころか、「周囲の人が嘘をついている」、「自分をだまそうとしている」、「自分のことを否定された。」などと感じ、被害感や不満を募らせていきます。そのため、一旦は客観的事実を置いておいて、本人の意見や気持ちを受け止めてあげることが大切です。また、毎日のスケジュールを紙に書いて目立つ場所に貼っておく、新しいことを覚えてもらうときは何度も繰り返し伝える、身振り手振り、図示など、本人が記憶障害によって日常生活に支障を感じずに済むよう配慮することも欠かせません。

ワンダー 君は太陽(映画)

「ワンダー 君は太陽」という映画が2017年に上映されました。先天性の疾患で顔立ちが人と異なるオギーは、生まれた時から何度も顔の手術を繰り返してきました。10歳になって学校へ通い始めたオギーは、勇気を出して同年代の子どもたちの中へ入っていきますが、オギーの顔をじろじろ見たり、避けたりするクラスメートばかりです。ある日、勉強が得意なオギーは、理科の授業でクラスメートのジャックに自ら話しかけ、二人は仲良くなる。オギーは持ち前の強さと家族の温かい支援によって、学校を楽しみ、居場所を作りつつありました。しかし、ハロウィンの日、オギーとジャックの仲を裂く出来事が起きます。

オギーの姉・ヴィアは、オギーにかかりっきりの両親が自分を見てくれないことに、ずっと寂しさを感じていました。さらに親友ミランダとも上手くいかず、孤独な日々を感じています。「オギーは太陽。私たちは皆、その周りを回る惑星」と、ヴィアは自らを形容します。オギーの友達・ジャックや、ヴィアの親友・ミランダの思いや悩みついても、語られます。この映画は障害を持つ人だけでなく、周囲の人々にもスポットを当てた映画の構成になっています。

本作は評価が高い一方で、一部「障害者を利用した感動の押し付け」といった批判もあるようですが、群像劇という形で、多角的な見方を提示する映画です。邦題の「君は太陽」は、オギーだけを指すのではなく、周囲の人たち一人一人も、それぞれの人生においては太陽である…という意味のような気がします。

この作品は、障害者が障害を持っているというだけで、あるいは持っていることを含みにして、「感動をもらった、励まされた」と言われる場面を描いているという批評があります。そこでは、障害を負った経緯やその負担、障害者本人の思いではなく、積極的・前向きに努力する(=障害があってもそれに耐えて・負けずに頑張る)姿がクローズアップされているというのです。「清く正しい障害者」が懸命に何かを達成しようとする場面を取り上げることを「感動ポルノ」というそうです。

日本においては、2016年8月28日にNHK Eテレが『バリバラ 障害者情報バラエティー』「検証!『障害者×感動』の方程式で感動ポルノを取り上げ、裏番組に当たる24時間テレビを批判しました。英国BBCは1996年、障害者の「困難に耐えて頑張る」姿ばかりが描写されがちなことに対する抗議運動を受けて「障害者を“勇敢なヒーロー”や“哀れむべき犠牲者”として描くことは侮辱につながる」というガイドラインを制定しています。日本社会においても一般にもこの「困難に耐えて頑張る」ことで納得するような、隠された安易な差別意識があり、これは「覗き見」への興味であり「人の不幸」見たさのことであるというのですが、それはあまりにもひねくれた見方ではないかと思います。良いものは感動できるし、そうでないものは感動できない。表現の受止めはそれだけでいいと思うのです。

大晦日

「大晦日(おおみそか)」は12月31日を指す言葉ですが、もとは「晦日(みそか)」からきています。晦日は旧暦の月の動きと大きく関係しています。「晦」は月の満ち欠けの様子を表わす言葉の一つで、月が隠れることを意味しています。また、晦日は別名「つごもり」とも呼ばれ、同じく「月が隠れる」という意味の「月隠り(つきごもり)」が転じた読みです。旧暦は月の満ち欠けで暦が決まっていました。新月を1日とし、月が隠れる「晦」の頃がおおよそ30日であったことから、30日を晦日と呼ぶようになりました。今でも30歳を「みそじ」ということがあるように、「みそ」がもともと30の読みです。ところが新暦に変わると、ひと月が30日(または29日)で終わらず、31日まである月も出てきて、晦日は、「月の最終日」という意味に変化しました。

実際の日付が30日でなくとも毎月の末日を「晦日」と呼び、晦日の中でも1年を締めくくる12月には大をつけて「大晦日」と呼んでいるのです。大晦日は歳神様(としがみさま)を迎え入れる準備をし、来訪を待つ日でした。大晦日の歴史はかなり古く、平安時代まで遡ります。歳神様とは、稲の豊作をもたらすとされている神様のことで、農作物が豊かに実り、食べるものに不自由することなく暮らせるようにと、昔から大切に扱われてきた神様です。また、歳神様は各家庭にやってくることから、家を守ってくれる祖先の霊とも考えられていたようです。

昔は1日が夜から始まって朝に続くとされており、大晦日の日暮れからすでに新年の始まりでした。そのため、大晦日の夜は歳神様を待ち、一晩中寝ずに起きておくという習わしです。うっかり早く寝てしまうと、白髪になる、シワが寄るなどという女性にとっては恐ろしい言い伝えもあったそうです。新年を気持ちよく迎えるため、大切なお客様である歳神様を迎えるにあたって、家の掃除は不可欠です。大掃除は、地域によって異なりますが、12月13日から始め大晦日までに終わらせるのが本来です。ただし12月29日は9という数字が苦に繋がることから縁起が悪いとされていて、掃除をしません。また、その年最後の掃き掃除のことを「掃き納め」と呼びますが、元日に掃除をしてしまうとせっかく招いた歳神様を掃き出してしまうことになるため、新年に掃除は行いません。

昔は新年を迎えると、数え年で一つ歳をとります。そのため新年に変わる大晦日の夜から、お頭付きの魚や雑煮などの縁起のいい食事を囲んで、一年の無事を感謝し、共に祝いながら家族団欒の時間を過ごしていました。昔の大晦日は家族全員が集まることが当たり前でしたが、今はカウントダウンなどのイベントが行われるようになり、友人や恋人と過ごすという人も増えています。でも、一年の節目となる日だからこそ、大晦日は家族でゆっくりと過ごし、家族揃って一年を振り返り、新年の抱負などを語り合うのも、家族の絆を深める良い機会だと思います。

米津玄師

米津玄師作詞作曲のパプリカは2018年にリリースされてから、老いも若きも幼児までこの歌を口ずさんでいます。Foorin team Eの「Paprika」はこの1月22日にリリースされます。世界中にこの歌は広がっていく兆しです。この大ヒットは、NHKのプロデュース力にもありますが、やはり楽曲がずば抜けて素晴らしいからだと思います。

スーパーヒットを飛ばし続ける米津玄師さん。彼は自分が自閉症であることをカミングアウトしています。米津玄師さんが自身が高機能自閉症(HFASD)だと知ったのは20歳のときでした。自分が高機能自閉症だとわかってから、かえって気持ちが楽になったそうです。人と違う自分に、何か常に感じる違和感の原因にとても腑に落ちたと言います。同時に鬱病も抱えていたこともあり、そのときの感覚を以下のように語っています。「時間のながれるスピードが死ぬほど早くなって、気がついたら半袖じゃ暮らせない気候になってたり、近所のスーパーに行く決心をしてから帰ってくるまで1時間くらいかかったり、1日20時間くらい寝てたり。」と言います。

また、彼は、父親とほとんど会話することがなかったそうです。感覚としては、親戚のおじさんとか、そこまで近くない知り合い程度だったそうです。彼は絵が好きだった母親の影響で、自分も絵をかくようになったのだ、と語っていました。しかし、そんなお母さんとも、あるきっかけで会話をほとんどかわすことがなくなったそうです。そのきっかけというのは、母と姉が小競り合いするようになって、違和感を感じて孤独な感覚に陥って無口になってしまったと言います。高機能自閉症の影響で、家族にも違和感を感じて、バリアーを張ったのかもしれません。彼の場合、自閉症がわかったのが20歳のときということですから、周りの両親や家族も、本人の辛さを理解できないことや、育てにくさを感じていたのかもしれないし、彼と同じような傾向を持っていたのかもしれません。巷では「親子の断絶」という表現もありますが、私たちが想像している「断絶感」とは違うのかもしれません。現在は年末に実家の徳島に帰って過ごすなど、両親との関係は改善しているといいます。

米津玄師さんの名前は、「よねづ けんし」と読みます。一見芸名のようですが本名です。1991年生まれ徳島出身。小学5年生の時、Web上で流行っていたFLASHアニメーションを視聴したことからDTM(デスクトップミュージック=PCでの曲作り)に興味を持ったそうです。中学3年の時、MTR(マルチトラックレコーダー)を使用してオリジナル曲を制作したそうです。MTRの一人で1パートづつ録音して音楽が作れるところにはまったと言います。高校では「ハチ」というアカウント名で30曲ほどのオリジナル曲をニコニコ動画に投稿していました。高校卒業後は大阪の美術専門学校に通学する傍ら、バンド活動を行っていましたが、自身が個人主義的な人間の為、人とものを作ることができなかったとバンド活動が低調だった旨を語っています。

彼は、メディアに出ない為、なかなかその姿を目にしないかもしれません。時々、テレビ番組でインタビューされることはあっても、ミュージックステーションのような音楽番組で楽曲を披露することは控えているようです。彼自身、インタビューの中で、メディアに出ることが苦手で、出来る事なら出ない方がいいと言っています。彼のキャラクターには合っているように感じます。

Paprika

米津玄師さんのことを書いたので、パプリカの歌詞と、チームEで唄われるPaprikaの英語歌詞を調べてみました。パプリカの英訳をしたのは、ネルソン・バビンコさんです。ネルソンさんは、日本語が上手で、米津玄師さんの曲をいくつも英訳しています。英語の訳と日本語の詩を並べてみると、英訳の素晴らしさがよく分かります。なるべく曲や元の詩の意味を損ねないように訳してあります。この歌は米津さんが小さい頃野山で遊び転げた体験が原形だと言います。「あなた」と言うのは母親だという意見と、友達だという意見に分かれています。どちらにも読めると思いますが、本当に無駄な言葉がなくて良くできた歌詞だと思います。

Paprika
パプリカ

Twisting and turning down this road we go
まがり くねり はしゃいだ  みち
Running to the forest where we can play all day
あおばの もりで かけまわる
The sun shines so brightly on our country town
あそび まわり ひざしの まち
Someone`s always calling out your name
だれかが よんでいる
And when summer comes , see our shadows grow
なつがくる          かげがたつ
Always know I will miss you so
あなたに   あいたい
Come on , look up , find the first star in the sky
みつけたのは いちばんぼし
I hope tomorrow will be sunny , too
あしたも はれるかな

Paprika , when our flowers start to bloom
ぱぷりか はなが さいたら
Put the seeds into your hands and throw them in the sky
はれたそらに たねを まこう
Paprika we can make our dreams come alive
はれるや ゆめを えがいたなら
Rain or shine , we`ll find a way to play again another day
こころ あそばせ あなたに とどけ

it`s raining and pouring , the moon`s hiding away
あめに くゆり つきは かげり
I think I can hear someone crying in the shade
こかげで ないていたのは だれ
Don`t worry I promise , there`s no need to be afraid
ひとり ひとり なぐさめるように
Someones always calling out your name
だれかが よんでる
Come and count with me all the happy things
よろこびを かぞえたら あなたで いっぱい
So much joy you always bring
かえりみちを
Now it`s time to go
てらしたのは
Memories will light the way back home
おもいでの かげぼうし

Paprika , when our flowers start to bloom
ぱぷりか はなが さいたら
Put the seeds into your hands and throw them in the sky
はれたそらに たねを まこう
Paprika we can make our dreams come alive
はれるや ゆめを えがいたなら
Rain or shine , we`ll find a way to play again another day
こころ あそばせ あなたに とどけ

I will run to you
あいに いくよ
Through the forest where we played
なみきを ぬけて
Singing songs we made
うたを うたって
And I will fill both hands with flowers along the way
てには いっぱいの はなを かかえて
La-di la-di-da
らるらりら
I will run to you
あいに いくよ
Through the forest where we played
なみきを ぬけて
Singing songs we made
うたを うたって
And I will fill both hands with flowers along the way
てには いっぱいの はなを かかえて
La-di la-di-da
らるらりら

Paprika , when our flowers start to bloom
ぱぷりか はなが さいたら
Put the seeds into your hands and throw them in the sky
はれたそらに たねを まこう
Paprika we can make our dreams come alive
はれるや ゆめを えがいたなら
Rain or shine , we`ll find a way to play again another day
こころ あそばせ あなたに とどけ
Let`s all come together now , point our fingers to the sky
かかと はずませ このゆびとまれ

ブロークンレコードテクニック

一度指示を出して無視(適切な行動を起こすまで子どもに注目しない)を開始したにもかかわらず、どうにもならないときがあります。そんなときはブロークンレコードというテクニック方法があります。これは、子どもが好ましくない行動をしたとき、親が「壊れたレコードプレーヤー」のように同じ指示を繰り返す方法です。CCQ=『Calm(カーム/穏やかに)、Close(クロース/近くで)、Quiet(クワイエット/静かに)の略で、親自身が穏やかに、子どもに近づいて、静かな声で指示を出すこと』で、指示を同じ言葉で正確に繰り返し伝えます。決して感情的にならず、表情をかえず、淡々と指示を出します。そんな毅然で冷静に指示を出す親の態度に子どもは「これはいくら逆らっても無理そうだ・・・」と思い、その好ましくない行動をやめます。

子どもが直ちにやめれれば、そこですぐに褒めます。このようにけして褒めることを忘れてはいけません。ブロークンレコードテクニックは親がいかに感情をもちこまず、せかさず、指示が出せるかです。指示は3分間隔で、15分から20分くらい様子を見てみましょう。子どもは親のいつもと違う行動に戸惑い、びっくりしますが、確実にインパクトを与え、いつもと違う変化を読み取ります。これはいい手ごたえです。

そんな親の変化を読み取った子どもはなかば、諦め状態で、「分かった分かったもういいよ~」と言いたくなってしまうでしょう。それが狙いです。そこできちんとやめられたら、すぐに褒めて終了です。ここでも褒めることが根本にあります。決して褒めることを忘れてはいけません。指示に従えたら必ず褒めて終了にしましょう。

平成生まれは クラブに行った人以外はレコード知らないけどね

ペアレント・トレーニングその2

以前にもペアトレの有効性について掲載しました。

発達障害のある子どもに限らず、保護者の子どもへの接し方や養育態度は、 子どもの心身の発育成長にとって、大きな影響を及ぼすことが知られています。 ペアレント・トレーニングとは、保護者や養育者の方を対象に、行動理論の技法の学習、ロールプレイ、ホームワークといったプログラムを通して、保護者や養育者のかかわり方や心理的なストレスの改善、子どもの発達促進や不適切な行動の改善を目ざす家族支援のアプローチの一つです。日本に普及しているものは三つほどの流派があります。取組効果は就学前か遅くとも小学校中学年までの親子に大きな効果が得られると言われています。

精研式・奈良式ペアレントトレーニング
このペアトレーニングは最初、ADHDの子ども向けに開発されましたが 広凡性発達障害とADHDの併用診断が主になったので、自閉症スペクトラム障がいの子どもにも適用できるプログラムに改良されました。開発当初の問題点としては、無視とほめる組み合わせをしていたのですが、子どもの情緒が不安定になったり、親子関係で悪化する事例が認められたため修正を加えました。
子どもの好ましい行動→ほめる
好ましくない行動→指示の工夫
許しがたい行動→ルールを作って一貫する
この3つに分けて対応を学んでいきます。 ほめ方などそれぞれに対する対応を、学んでいくことが特徴になります。この学びは、子どもの問題行動の改善も勿論ですが、親自身の育児に対して自信回復をすることが目的でもあります。

鳥取式ペアレントトレーニング
兵庫教育大学から生まれたトレーンングで、自閉症スペクトラムの子どもを対象としたトレーニング法です。今は、鳥取県だけではなく島根県、岡山県、兵庫県、埼玉県。沖縄県などの連携している、支援センターなどで受けることが出来ます。効果としては、子どもの特性や発達の状態の認知を知る。親子のコミュニケーションを楽しめるようになる。子どもが目標を達成しやすくするための、視覚支援や環境環境の方法を知る。子どもの支援法を他の人に伝える方法を知る。このような効果を目的にしています。グループワークでは
褒め上手・観察上手・整え上手・伝え上手・教え上手
などに分けて、説明していきます。子どもの問題行動を抑えるのではなく、適応行動を開発していくという発想です。環境調整と代替行動を中心に学び、最終は子どものサポートブックを作成し、家庭でも使える療育プログラムを一緒に作成して、家庭内療育をすすめていきます。このプログラムも、親の育児への不安の解消や憂鬱な気分の改善を目的としています。

肥前式ペアレントトレーニング
国立肥前療養所(現在の独立行政法人肥前精神医療センター)で開発された我が国初のプログラムです。もともとは、知的障害のある子ども向けに開発されたプログラムでしたが、現在は知的障害のない子どもにも提供されているプログラムです。親が子供に対して出来るようになってほしい行動を決めて、プログラムを通してそこへ向かうようにしていき、家庭内で取り組んだ行動を観察記録を行っていきます。効果としては発達障害をある子どもの問題行動の改善や、生活でのお困りごとの改善を行うと同時に、親が子どもの行動を理解することや、育児の自信の回復、親のストレス軽減がねらいです。

京都府では、何年も前から保健所などが提唱していますが、なかなか広がりません。小さな子の保護者の場合、保健所から声がかかる事イコール障害の宣告という誤解が多く、保健士さんたちも手をこまねいているのです。さらに、民間でやるには財政的な裏付けが弱く、指導者が少なすぎることも課題です。発達障害は知的遅れのない子どもも含めれば1割ほど存在します。グレーゾーンの子どもも含めれば3割が幼少期に行動の問題を抱えています。三人に一人なら決して珍しいことではありませんし、できれば全ての親に学んでほしいのです。ペアトレは親の変容をねらうもので、その変容が幼少期からの行動問題の予防に大きな効果をあげ、結果、子どもの自尊感情を育てることなのです。

このトレーニングは育児に対する自信もつき、発達障害の子どもを持つ保護者の方にはぜひ受けてほしいプログラムです。確かに、グループワークや家庭での実施など、大変そうに感じられるようですが、育児の考え方がかわると毎日がとても楽になります。療育とペアレントトレーニングは車の両輪です。育児で大変な保護者のかたの考えかたをほぐして、一緒に考えていき子どもの成長とともに、保護者のかたのストレス軽減にもなるので、必ず育児が楽しくなると思います。本事業所でも3人そろえば実施できますのでお声掛けください。

褒め上手

子どもを褒めるという事は、子どもとの信頼関係を築くのに必要不可欠です。子どもは褒められたり、認められたりすることで人を信頼し、自分に対しても「自分は自分でいいんだ」という自己肯定感を抱くことができます。この自己肯定感が高い子どもは、気持ちが安定し、何かにつまずいて凹むことがあっても復元力が強いです。逆に、怒られたり、否定ばかりされた子どもというのは、この自己肯定感が育ちにくく、気持ちが不安定で、問題行動を起こしやすくなってしまいます。上手に褒めるためには、まず褒めるべき行動を分ける必要があります。

ペアレントトレーニング理論では、子どもの行動を「好ましい行動」「減らしたい行動」「無くしたい行動」の3つに分けて考えます。そして次に「減らしたい行動」や「無くしたい行動」をしたときの「代わりにとって欲しい行動」を考えます。例えば、家の中を運動場の様にして走り回ったりしているのを改善するには
好ましい行動  =「家ではおとなしく遊ぶ」 
減らしたい行動 =「家を運動場のようにして遊ぶ」
多動の子の動きを激しく制限するのは難しいので、体をいっぱい動かせる部屋でトランポリンと鉄棒とバランスボールをおいて、いつでもそこで遊べるようにします。体をいっぱい動かしたい時は、その部屋で遊ぶように声掛けをするようにします。代わりにとって欲しい行動 = 「運動遊びは運動遊び用の部屋でする」のです。ただ大人しく遊びなさいと怒るだけでは何も解決しませんし、何度も激しく怒っって行動を変えようとする事は子どもの自己肯定感を低くしてしまい、他の問題行動につながってしまう可能性があります。なーんだと思われた方が多いと思います。うちは家が狭いから無理と思われた方も少なくないと思います。でも、親の思い通りに子どもを従わせるなんて不可能とあきらめた方がいいのです。譲り合いの精神が大事であって、どっちが偉いかなんてマウンティングしなくてもいいのです。要は環境を作り変えて、お互いに新しいルールを作ってウィンウィンの関係を作るのです。

代わりにとって欲しい行動を上手に促すためには、親子の信頼関係がとても重要です。だから、子どもの「良いところ探し」と「褒めること」をまずはしっかりとする必要があるのですが、褒めるポイントが少なすぎてどうすれば褒められるんだろうと困る方も少なくありません。褒めるのは、子どもが100%出来た時じゃなくてもいいいのです。理想の25%を達成できていれば、その25パーセントを褒めてあげてください。例えば子どもにお風呂の掃除を頼んだ時、子どもは言われた通りに洗ったのですが泡がまだ落ち切っていませんでした。この場合、多くの親は「洗えてないじゃないか」「もっとちゃんと綺麗に洗いなさい」と言うのですが、子どもは「洗った」のです。25点くらいはあげられるのです。つまり、25パーセントを褒めるという事は、「洗った」「洗ってくれた」という出来ている行動に注目してそこを褒めることが重要なのです。怒られてばかりいる子は、褒めるハードルをもっともっと下げてあげればいいのです。

例えば、鉛筆さえ持とうとしない宿題嫌いの子どもには「宿題しなさい」ではなく、ちょっとでも宿題に取り組もうとしたら「やる気を出せたね」と、すぐに褒めればいいのです。食事中に食べ歩く子どもなら、座って食べられている時にすぐ褒めてあげます。この25パーセントルール、最初はうまくできないのですが、出来ていることに注目すればだんだんできるようになってきます。自分にも25%ルールで褒めれば、誰でも褒め上手になれるのです。

ビリー・アイリッシュ

全米高校生のアイドルでもあるミュージシャンのビリー・アイリッシュトゥレット障害・症候群(音声と運動のチックを併せ持ち、発達障害も併発していることが少なくない)を抱えた暮らしについて語り、ファンと繋がることで「より心が休まる」ようになったと話しています。

現在18歳の彼女は、2019年の米ビルボード・アルバム・年間チャートで、デビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』が1位に輝きました。ビリーは「エレンの部屋」(アメリカ版 徹子の部屋?)に出演して自身の抱えている障害について語っています。この症状は日本ではビートたけしさんや石原元都知事のチック症状で知られています。

「『トゥレット症候群のアーティストのビリー・アイリッシュが“エレンの部屋“に登場』みたいなことは言われたくないのよ」「(チックを)抑える方法は身に付いているしね。大抵、事前収録のインタヴューでは(適切に発言を)カットしてくれるわけでしょ。だけど、ある時、(発言を)カットしないっていうことを知らされずにインタヴューを受けたの」と、インタヴューが事前収録のものではないことを知らされずに、ビリーのチック症状が出た状態で放送されてしまったことを明かしています。「いろいろな形に編集されて、たくさんの人たちから『ビリーのこの(わざとの)表情はすごく笑える(イカしてる)』っていうことを言われたわ。本当は単なるチックの症状に過ぎないのにね」と彼女は語ります。

ビリーは「それから、ファンの中にもそれを抱えている人たちがたくさんいるっていうことが分かって、より心が休まるようになったわ。繋がりを感じられたの。こういうことを話すと、ファンたちが『嘘でしょ。私もずっとそうだったの。それが分かって、彼女は私の憧れになったわ』っていうことを言ってくれるの」と語っています。

映画界のトム・クルーズやスティーヴン・スピルバーグ、IT業界のビル・ゲイツやスティーブ”・ジョブズなど有名な人が発達障害をカミングアウトすることは、欧米では青少年にとてもいい影響を与えると言われています。彼女もまた、その希有の才能と特性は個性の中で共存するものだとティーンエイジャーに発信しています。

ゲーム障害

ゲームのやり過ぎで日常生活に支障を来す「ゲーム障害」が、世界保健機関(WHO)ICFによって新たな依存症に認定されました。実態把握はまだあまり進んでいないですが、依存状態に陥ると抜け出すのは容易でないとされ、世界各地で睡眠障害をはじめとした健康被害も報告されています。主にインターネットを通じたオンラインゲームに自制できないほどのめり込み、学校や会社に行けなくなるなど日常生活が困難になった状態が続くことを指します。通常は12カ月以上続く場合に当てはまるが、深刻ならより短い期間でも診断が下されます。オンラインゲームは生活スタイルの異なる人たちが同時にプレイするため、昼型の人が夜型の人とグループを組めば、どちらかの生活リズムが狂ってしまう。そのままゲームにのめり込めばリズムの狂いは深刻さを増し、さらに解決しにくくなります。

ゲーム障害は一般的に男性の方が多いといわれる。自閉症スペクトラム障害(ASD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)といった発達障害の特性のある人もリスクが高い傾向にあるとされます。親の保護下にある子どもの場合は状態が顕在化しやすい一方、一定年齢を過ぎても引きこもりなどで社会との距離が広がっている場合は外部から見えにくいという側面があり、決して子どもだけに限った問題ではありません。

オンラインゲームの多くは明確な終わりがなく、延々とプレイできる特徴があります。ゲームを続けていれば、プレーヤーたちが集まるコミュニティーで目立つ存在になったり、攻略ランキングで上位に入ったりして、さらにやめるタイミングを逃してしまいます。こうした状況が続くうち、ゲームの優先度が次第にほかのさまざまな活動を上回るようになり、自分の意志ではやめることができない依存症に至ってしまいます。

家族がゲームを取り上げたとしても状況が改善するとは限らず、逆に本人との緊張関係が高まるだけというケースが多いです。医師ら家族以外の第三者が間に入り、フラットな目線で問題を整理することが望ましいのです。その際もプレイした時間や、学校や会社に遅刻した回数など、あくまで客観的なデータを示しながら状況が良くなる方向を目指すべきです。本人が殻に閉じこもらないような働き掛けができるよう、家族を支援する体制も求められます。

保護者の子どもの障害受容

早期の気付きと、早期からの支援が後の子どもの成長発達に効果的なことは言うまでもありません。子どもに何らかのつまずきがあるのではないかと気付いた場合は、早いうちに専門機関等に相談し、場合によっては診断を受けておくことが望まれます。LD、ADHD、高機能自閉症は、全般にわたり発達に遅れがあるわけではないので、気付くことが難しいと言われることがあります。しかし、その一方で、親の会の調査によれば、言葉の遅れ、特定のものへのこだわり、動作がぎこちない、集団行動が取れない等の特性から、大半の保護者は3歳位までに子どもに何らかの障害があるのではないかと気付いています。LD、ADHD、高機能自閉症の子どもたちは、幼児期には診断が難しい場合や、その状態が成長に従って変わってくる場合もありますが、保護者は子どもが得意なこと、苦手なこと等、子どもの特性をきちんと把握し理解した上で、それに合わせた援助や療育に将来を見据えて取り組んでいくことが大切です。

一般に、保護者が子どもの障害に気付き、受容に至るまでには、下記に示すようなプロセスを経ていく傾向があるとされています。多くの保護者から、もっと早く対応しておけばよかったという声があがっています。障害を受容していくことは難しいことですが、結果として子どもにもよい影響を与えることにつながります。
1 疑念・混乱
LD、ADHD、高機能自閉症の子どもたちは、乳幼児期には育てにくかったり、逆に手間がかからなかったりする場合もありますが、通常の発達とずれを示すことがあります。幼児期には、何か気になるという思いを多くの保護者が感じるようです。落ち着きがなかったり、集団行動が取れなかったりする場合には、育て方の問題として責められる場合もあります。原因が分からないために、子どもの様子に心配を抱きつつも否認したり、混乱に陥ったりしてしまいます。
2 ショックと安堵
こうした葛藤の時期を経て診断を受け、LD、ADHD、高機能自閉症といった診断名が付いた時には大きなショックを受けます。一方で、育て方の問題ではなかったことが明確になったことで、多くの保護者が一瞬ほっとした気持ちになります。
3 努力・挑戦
そして何とか発達の遅れを取り返そうという取組が始まります。親子ともに目の前にある課題や行動等に対して一所懸命取り組みます。
4 障害の受容
以上のような段階を経て、子どもの状態を正面から受け入れられるようになります。目の前の課題に背伸びして取り組むのではなく、将来を見通して現実的な対処への取組を始めます。適切に支援・療育を重ねていくと、苦手な部分を克服したり、得意な分野で補うことにより問題を克服したりして、目立たなくなるケースもあります。しかし、各種の支援や療育を重ねても、どうしても克服できない苦手な部分が残り、生涯にわたり何らかの困難を伴うケースもあります。

LD、ADHD、高機能自閉症の子どもたちは、一所懸命やっているのに勉強がうまくいかない、周囲から仲間はずれにされ、忘れ物をして先生から叱られる等、成功体験が少なくストレスを貯め込んで、自信を失ってしまったりする場合があります。こうしたことの積み重ねで意欲を失ってしまったり、いわゆる二次的な障害に陥ったりする場合もあります。家庭内では、小さな成功体験の場を作ったり、よいところを誉めたり、好きな遊びの時間を作ったり、自信を付けさせたり、精神的に解放される場面を作ったりすることが大切です。

また、本人が自分は他の人とはどこか変わっていると気付き、思い悩む時が来ます。子どもがそのようなサインを出して来た時には、子どもの不安を解消するために、子ども自身の自分への気付きに添って説明することが必要です。子どものよい点を話題にし、人はそれぞれ個性や違いがあり、得意なことや苦手なことがあること、障害や困難は子ども自身のほんの一部に過ぎないこと、苦手な部分を補うためには努力が必要なことなどを、子どもの自尊心を尊重しながら、理解できるように説明することが大切です。さらに、保護者は親として子どもの養育に取り組むだけでなく、よき支援者であることが求められます。時として叱ったり、厳しく教えたりすることも必要となりますが、そうした中にも子どもが常に保護者の愛情を感じ取れるよう心がけ、子どもの心を支え続けるよき理解者として、共に歩んでいくことが大切です。

LD、ADHD、高機能自閉症の子どもたちは「中枢神経系に何らかの機能不全がある」と推定されていますが、原因は完全に解明されているわけではありません。また、医学的に根本的な治療をする方法もないというのが現状です。これらの子どもたちには、医学的な診断が必要な場合がありますし、医療からの支援が有効な場合もあります。特にADHDについては、子どもによっては症状の抑制に高い効果を示す薬があり、薬物療法が用いられることがあります。

ADHDの薬物療法はあくまでも症状を一時的に抑制するものであり、根本的に治療するものではありません。しかし、注意集中困難などの主症状を一時的に抑制することにより、療育に効果が出てきたり、本来もっている能力を発揮したりすることが期待できます。

子どもに自信をもたせ、自己の存在感、生きがい等を育てていくことが、二次的な障害を未然に防ぎ障害を克服する力となっていきます。保護者は、時には叱ったり、厳しく接したりすることが必要ですが、その場合でも「私は貴方が可愛くて、好きで、誰よりも愛している!」というメッセージを絶えず送り続けることがとても大切です。子どもの困難を克服していくためには、子どもと保護者が信頼関係を築き上げ、一緒になって取り組んでいくことが必要です。そのためには上述の愛情のメッセージとともに子どもを認め信頼している姿勢を示すことなどから、家庭の中で子どもとの信頼関係を築き上げていくことが、人間として人生を豊かに送るための土台づくりになっていきます。特に知的に高い子どもほどLD、ADHD、高機能自閉症かどうかの見極めが困難な場合があります。性格の偏りなのか見極めが難しい場合もありますが、発達のアンバランスを生活全般にわたって観察することにより見分けることができます。早期に発見し、適切にかかわっていくことが、将来の社会生活をスムーズに送れるようにするために何より大切です。

勉強面や生活面など不得意な部分の改善に一所懸命取り組んでいると、いつも注意をしているような状況に陥ってしまいがちです。こうなると、かえって逆効果になり、子どもと保護者がともに精神的にまいってしまいます。これだけはというポイントに絞り、細かいことはあまり注意しないことが時には必要です。LD、ADHD、高機能自閉症の子どもたちの中には、学校の勉強は何とかこなすものの、基本的な生活習慣が身に付かないまま、成人期を迎えてしまう場合が多く見受けられます。整理整頓、金銭管理、身だしなみ、忘れ物をしない等は自立に欠かせないスキルであり、将来を見据えて幼少期から日常生活の中で計画的に取り組んでいくことが大切です。また、家事などの手伝いに取り組ませることも大切です。洗濯物たたみ、食器洗い、部屋の掃除、風呂の掃除など、子どもが一人で行うのが難しいことは、最初は一緒に取り組み、徐々に援助を減らして、一人でこなせるようにしていきます。やり方を覚えた時や、手伝いができた時は必ず誉めるなど、意欲を高め、楽しく取り組めるように心がけます。

こだわり、自分勝手、強迫観念、対人関係の形成の困難さ等、子どもたちがもつ特性は、周囲の理解を得ることが難しく、学校生活だけでなく将来自立し社会生活を送って行く際にも問題になってきます。この子どもたちは、経験のないことについて頭では判っていても実際の場面でうまく対応できないことがあります。本人の特性を生かしながら、社会に適応していくためには、人間関係をスムーズにしていくための対応の仕方を身に付けていくことが大切です。様々な経験や体験学習をする中で考えさせながら、対処方法を身に付けさせたり、行動の自己調節、自己制御の心を育てたりすることも必要です。子どもが自己制御を身に付け、多動、パニック等の行動面の問題を克服していくことは簡単ではありません。無理じいや周囲の焦りは、かえって逆効果になることもありますので、じっくりと取り組むことが必要です。本人がストレスを少しずつ発散でき、親子ともに精神的に解放できる場を作ることも忘れてはならない大切なことです。

LD、ADHD、高機能自閉症の子どもたちは、全般的には知的発達に遅れがなく、周囲から学習面の遅れを本人のやる気のなさや努力不足と思われがちです。しかし、視覚・聴覚等の認知特性や注意集中等に困難があるために、子どもそれぞれに、得意な分野、不得意な分野があります。学校の先生とも相談しながらその特性に合わせた取組が必要です。家庭で勉強に取り組む時にも、学校の先生に相談しましょう。また、専門機関を利用している場合は、担当の先生とも相談して、役割分担をしながら、一貫性のある指導となるよう心がける必要があります。

不得意な分野については、子どものつまずきを把握し、スモール・ステップで取り組みます。不得意な分野で追いつめたり、無理に努力を強要したりすると逆効果になりかねません。小さな成功や努力を誉め、自信や意欲を高めるように心がけます。例えば計算については、電卓を使うなどの補助具を活用することにより、その問題を克服していく方法もあります。机上の勉強では理解が難しいことでも、身近なことや実体験に結び付けると理解しやすくなります。例えば、今日学校であったことを話す、旅行に行く場所を一緒に地図で調べる、アルバムの写真を見ながらその時の話をする、買い物の計画を立てて金額を計算してみる等、実体験と結び付け、楽しみながら取り組めるようにすると効果的です。不得意な分野にばかり目を向けるのではなく、得意な分野を伸ばすように心がけることが大切です。得意な分野が伸びてくると、やればできるという気持ちが育ち、本人の自信にもなります。また、このことによって不得意な分野をカバーすることや、自立に生かすことにつながりますので、うまく支援していくことが大切です。

児童養護施設

児童福祉施設に入所する理由のNo.1は「虐待」です。児童養護施設に入所している子の約6割が、虐待を受けたことがあると答えています。また、障害などのある児童も近年増加していて、平成25年では28.5%の児童が障害ありとなっています。もし何らかの事情により児童養護施設に子供を預けたいと思ったときは、お近くの児童養護施設、もしくは児童相談所、民生委員・児童委員、福祉事務所、保健所、市町村保健センターへご連絡ください。秘密を守りながら、相談を受けることができます。

まずは各都道府県が運営している「児童相談所」や市町村の「福祉課」に連絡をすることが必要です。専門の職員が相談内容を聞いて、心理的検査や医師の診断・家庭環境の調査などを行います。その結果に応じて生活指導をし、必要と判断したら児童養護施設に入所という流れです。

入所理由で一番割合が多いのが虐待で、「父または母の虐待・酷使」が18.1%です。それに次いで多いのが「父または母の放任・怠惰」、つまりご飯を作らなかったり子供に無関心で世話をしないネグレクト(育児放棄)で14.7%です。特にネグレクトは、父1.8%なのに対して母12.9%と、母の方が割合が多いことが表からわかります。特に虐待を受ける児童の数については、近年急激に増加しています。児童相談所に報告される児童虐待の数は、1990年から2010年の20年で50倍以上に拡大しています。児童虐待の背景には、母親の育児ストレスが挙げられます。実際、虐待行為の6割は実の母親によって行われているというデータがあります。つまり、母親だけの理由で言えば1位ネグレクト、2位精神疾患となります。この母子への社会的セフティーネットが日本は大変弱いといます。

近年社会情勢が大きく変化しているのに、未だに母親が育児の大半を担うのが日本の社会です。自己責任論で育児の責任全部を背負ってストレスを溜め、その矛先が子供に向いてしまうこともあるのでしょう。虐待の場合は通報等により発覚し、親の意思に関係なく養護施設に預けられることが多いのですが「今のままでは虐待をしてしまう!」と苦しんでいる親が福祉施設に相談をし、一時的に児童養護施設に預けるといったケースもあります。

精神疾患は全体の12.3%です。育児ストレスやその他の原因により、親が精神疾患になり治療をしながら子を預ける方もいます。子供が病気になったら休むのも、PTA会議に出るのも母親が未だに多いので、ママ友づきあいや仕事のストレスで精神を病んでしまい、子供を施設に預ける判断をする親御さんもいます。こちらも母親が精神疾患になってしまった例が父親よりも多く、父0.6%に対して母は11.7%です。ひとり親ではない場合、父親が精神を病んでも傷病手当等を利用し、母親が仕事と育児を担当することができますが、父親が仕事をしながら育児家事をすることが社会的にまだ難しいです。

仕事や入院などで、物理的に子供と離れなければならなくなった場合も、児童養護施設の入所対象となります。仕事や入院の他には父や母が警察に捕まった(拘禁)などの理由で、養護施設に預けられるパターンもあります。経済的に子供を養育できないというのも、養護施設に子供を預ける理由の一つです。

これらの一番の問題は、障害のある子もない子も一時預かりを含めて入所できる余裕がほとんどないことです。これは虐待が増えだしてからというより、慢性的にキャパが少ないのです。特に障害のある子は児童相談所では人手の問題で預かれない事が多いので児童養護施設に一時保護になるケースがほとんどですが、私の知る限り簡単に2カ月までの一時保護が実現したケースは見たことがありません。行政も児相も他にもケースがあるからと言う理由をつけて、速やか(訴えから1週間以内)に措置されたケースを見たことがありません。お任せされる施設にしてみれば空きのスタッフをいつも複数名用意するには財政負担があるので、できるだけ絞り込んで経営しようとしますから無理もないのです。財政的制度の面から見直さないとこの問題は解決できません。障害者をできるだけ地域に戻すというインクルージョンの流れから入所施設への資金の流れがさらに弱くなったことも原因の一つかもしれません。

福祉事業所の働き方改革

事業体が生き残る戦略の一つとして、働き方改革を進めていかなければなりません。ポイントは、3つあります。
1)長時間労働をなくす
2)休暇取得に向けた環境づくり
3)誰もが働きやすい雰囲気づくり
長時間労働をなくしていくためには、管理職の意識改革や、非効率な業務プロセスの見直し、従来慣行(利用者や関連事業所に対する非効率な業務)の改善が必要です。これは、結果的には生産性向上というメリットをもたらします。意識改革や業務設計・役割分担といったソフト面からのアプローチと、ITツールの活用・ペーパーレスといったハード面からのアプローチが「両輪」となります。

厚生労働省のヒアリングによると、年休取得が進んでいる法人では、一週間ごとのミーティングにて業務の進捗状況を所属長や同僚と共有し、仕事を個人ではなくチームで行うことによって労働者が休暇で不在となっても業務が回るよう、取り組んでいる事例がありました。労働者一人ひとりが責任感をもってしっかり仕事をすることは勿論重要ですが、仕事をチームで行い、チームの中で仕事の進行状況について情報共有することで、休みやすい職場環境へと変わってゆくのです。
トップが主導となり、休暇の取りやすい雰囲気や働きやすい環境づくりを行っていくことが大事です。

福祉現場での働き方改革の視点
離職率の低下、採用難の解消、労働生産性の向上、長時間労働の是正は、介護業界全体の共通の課題です。福祉現場における離職防止に向けた取り組み 5つのポイント
(1)「心身の不調」へのケア…腰痛予防、メンタルヘルスケア
(2)「支援観の違い」への対策…理念・指針の浸透
(3)「働き方」への固定概念の払拭…短時間勤務、時間単位年休、時間帯の固定
(4)「就労後ギャップ」の防止…入社前に誠実な情報の開示
(5)「持ち味の理解」と「承認」…多様性を許容し良い所に着目。事実+意味づけ
離職につながる長時間労働の是正については、昨今の働き方改革の流れもあり、一定の改善がみられている事業者もあるようです。単なる業務の削減はサービスの低下に直結する懸念があり、見直しを行う業務は慎重に検討するべきです。特に利用者に接する部分は、過剰と思われるサービスを除き、施設の「魅力」や「付加価値」になりますので、そこの見直しは必要最小限にとどめ、申し送りや会議・書類の作成といった、利用者に接遇しない業務や運営管理に関する部分について、手順を踏んで着実に業務効率化を推進していくことが大切です。

福祉現場における長時間労働の是正 5つのポイント
(1)「過剰サービス」の削減…「したい」と「できる」の見極め
(2)スタッフの意識改革…奉仕の心による「自主的な残業」の功罪
(3)デジタル化、ペーパーレス…効果絶大!
(4)申し送り、会議の短縮化…重要事項のみとし、残りは各自で確認
(5)定時退社の為の工夫…「仕事の再分配」と「職員間の連携」
中でも、デジタル化、ペーパーレス化による業務効率化は、介護福祉業界においては特に効果が大きいものと思われます。有給休暇の消化や、勤務間インターバル制度の施行などによって、従業員の勤怠の管理が複雑になります。デジタル化による管理の効率化は、今後多様なスタッフが納得して働いていく環境をつくっていくにあたり、従来以上に有力な切り札になります。働き方改革は、福祉業界にとっても待ったなしの経営課題です。全職員で改善状況の進捗を共有しながら、粘り強い取り組みが必要です。

スマホ・ゲーム利用と不登校

不登校・・・スマホ・ゲーム利用「条例、ルール化を」 大阪市の松井市長

小中学生がスマートフォンやオンラインゲームに依存するのを防ごうと、大阪市の松井一郎市長は15日、スマホの使用時間を条例でルール化することも視野に、実効性ある対策を検討するよう市教委に指示した。
松井氏は同日市役所で開かれた会議で、不登校の要因の一つがスマホやゲーム依存であるとの実態が紹介されたことを受け、「夜は何時までとか、条例でルール化したらどうか」との考えを示した。
市内では旭区が平成26(2014)年に、スマホやゲーム機を午後9時以降は使用しないなどのルールを決定。校長判断で各校で適用されているが、市教委として統一したルールは定めていない。松井氏は、使用制限に強制力を持たせたり罰則をつけたりすることは難しいとの認識を示した上で「理念的なものにはなるが、(大阪市として)ルールを作ったよというのが(不登校を減らすのに)大事なのかもしれない」と述べた。
スマホやオンラインゲームの使用制限をめぐっては、香川県が子供がインターネットやゲーム依存になるのを防ぐ全国初の条例制定を目指している。今月10日の検討委員会ではスマホやゲームは「平日は1日60分まで」などとする条例素案が示されたが、ネット上でも賛否が分かれるなど物議をかもしている。
2020.1.15産経新聞--------------------------

この記事は、松井市長の言ったことがすぐさま条例化されるように見出しに書いていますが、市長の言ったこととはかなり異なり産経新聞の勇み足に読めます。ただ、前回も掲載したように(1/13ゲーム障害)オンラインゲーム依存が深刻であることは事実です。ただ、不登校の一因がゲーム依存なのか、不登校になる子がゲーム依存になりやすいのかよくわかっていないのも事実であり、ゲームだけを悪者にしても解決はできないと言われます。

重要なことは家庭での対応であることは間違いがなく、この支援を公の子どもが守るべきルールだよと言うだけでなく、ペアトレなど実質的な子育て支援を強め、学校でゲーム障害や睡眠障害の健康教育に力を入れるべきことは、大阪市や香川県だけでなく国民的に差し迫った課題であることは間違いがありません。

 

ICDー11

昨年、WHOの国際疾病分類は、ICD-10から30年ぶりに改訂されICDー11になりました。厚生労働省は、WHO承認後、国内への適用作業を進め、1〜2年で施行するという予定を案として公表しています。今回の改訂では、心理的発達の障害を神経発達症群とカテゴリー名を変えました。区分は米国精神医学会のDSMー5に沿った「神経発達症」の概念が採用されています。また、我が国ではDSMー5の翻訳の時からdisorderとdisabilityのどちらも「障害」と翻訳するのではなく、特に小児の場合は症状が変わるし治療で軽快する例も少なくないので「症」を使う方向性が示されています。

知的障害の名称は「知的発達症」で、軽度、中等度、重度、最重度の区分分けはそのままで、IQが相対的に高くても社会的適応能力が低ければ相対的に重い判定となるのも変わりません。

会話及び言語の特異的発達障害は「発達性発話または言語症群」となりました。詳細区分として、発達性語音症・発達性発話流暢症・発達性言語症に名称が変更になります。あとに出てくるLDの読字不全やASDを除外した発達性言語症の判別が整理されていないように感じます。

広汎性発達障害は、自閉スペクトラム症で小児自閉症やアスペルガー症候群などの下位分類が改訂され知的発達症や機能的コミュニケーションのレベルで分類されます。

学習障害は発達性学習症になり、読字不全・書字表出の不全・算数不全と詳細区分もDSM-5に揃えました。運動機能の特異的発達障害も、発達性協調運動症となりました。全て「発達性」で統一しました。

情緒障害の分類だったチック症は、神経発達症の分類へと移動しました。詳細区分に、トゥレット症候群・運動のチック症・音声のチック症が入ります。

AD/HD多動性障害は、注意欠如多動症で「欠陥」が「欠如」に変更されます。不注意優勢型・多動衝動性優勢型・混合型の分類はそのままです。

話は変わりますが、障害は理解できるが発達がわからない(?)という放デイ業界の方が少なくないと聞きましたICDやDSMの神経発達のカテゴリーは発達の問題を扱った症状カテゴリーです。知的発達症は全般的な発達の遅れです。これに対して、ASDは社会性の発達、AD/HDは衝動性や注意の調整力の発達、LDは音韻・書字・数量処理の発達、つまり全般ではなく部分的な発達の遅れや凸凹を原因とした症状をさします。発達の遅れにはいろいろなバリエーションがあるという分類です。

それとも、発達がわからないというのは、子どもの通常の発達の順序性をよく知らないというのが同義でしょうか。例えば、数量認識が通常4歳頃で、まだ序数(数える量)段階なのに、繰り上がりな量の合成分解の操作をさせている間違いです。算数障害で量感覚がイメージできない場合も量の合成分解で躓きます。

「こぶた たぬき きつね ねこ」のしりとりは、単語を音に分解したり構成したりする能力(音韻操作)通常6歳の言語発達で完成することを知らずに取り組む現場。全般的遅れがなくても音韻意識に遅れがあれば就学年齢でも困難は続きます。結局、障害は分かるが発達が分からないというのは肢体不自由など目に見える障害は分かるが、目に見えない発達障害やは理解されてないという事でしょう。

社会性発達の順序性が無視された指導も少なくないです。通常6歳の自己認知の発達は経験を蓄積してだんだんできるようになる自分を認識して自尊感情を育てていく時期ですが、この大事な時期にやってもやってもできない課題を与えたり、逆にすぐにできてしまう課題を与えてしまう誤りなどです。発達には順序性がありその段階に合わせた指導をしたときに発達の伸長が望めるのです。ハイハイしている子どもには歩く指導ではなくたっぷり四つ這いできる環境と励ましを与えるのと同じ事です。

ただ、発達の順序性とは言うけれど、あくまでこの順序の子が多いと言うだけの話でしかありません。この平均の物差しで測っているに過ぎない事を忘れて、平均でない多様な子どもを理解したかのように思い込む人もたくさんいます。物理的に歩けない子には車椅子の操作を教えるように、聴覚記憶の弱い子には視覚情報で補う支援をします。車椅子の子に、平均は歩く事だという人はさすがにいませんが、絵カード支援を見て、特別(平均的ではない)事をするから聞く力が伸びないと思い込み、子どもの才能と自尊心を悪意もなく潰し続ける人はまだいます。

大事なことは子どもにはみな凸凹の個性があり、その個性に合わせた支援にはあらかじめ決まったものなどないと、専門家なら心得ているはずです。子どもができない事を障害や発達の遅れに還元してしまわず、指導している自分のせいだという謙虚さがあれば、おのずと良い支援のアイデアは思いつくものですし、そのアイデアに必要な情報は自分で手に入れているものだと思います。

木村泰子さんの言葉

大阪の大空小学校初代校長の木村泰子さんの言葉にはパワーがあります。映画『みんなの学校』の舞台となった大阪の大空小学校は、発達障害と診断された子や不登校だった子など、さまざまな問題を抱えた子どもたちがともに学び合い、元気に卒業していきます。日本の教育システムが変わらない原因は何なのでしょう?社会は、人と違う考えや行動ができる「ふつうじゃない人」を求めるようになっているのに、大人が勝手に決めた「ふつう」の基準に当てはめて判断しようとします。社会が求めるニーズと教育現場が、どんどん乖離しています。本来、子どもの成長度合いを検査する目的は、その子の特性を知ったうえで、周りの子どもたちと安心してつながって、一緒に集団生活を送るためであるべきと木村さんは言います。以下、木村さんのインタビューです。ごく当たり前のことしか言っていないのですが、強烈なパンチ力があると感じるのは私だけでしょうか?

Qーーーー大空小学校に転校してきた子が、前の学校で体操服に着替えるのを嫌がり、「例外は認められない」という理由で、体育の授業を受けさせてもらえなかった話がありました。

Aーーーー体操服に着替えるのが嫌なら、そのままの服で体育の授業を受けさせればいいんです。子どもには学習権があります。憲法二六条は、「すべて国民は、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と定めていますからね。子どもが学校にくる目的は、体操服を着ることじゃない。体育の授業を受けることですから。私がその子の親なら、「この子は自宅以外では着替えられないので、この服装のままで体育の授業を受けさせてください」と学校に言います。それでも「困ります」と言われたら、「憲法にある子どもの学習権についてはどうお考えですか?」と勝負をかける(笑)。体育の授業の目的は、運動をすることにあるのです。本当の公平は、体操服に着替えられない子がいても、「体育ができれば、その服のままでもええよ」と、その子の個性を認めて安心させること。そして、周りの子も安心して授業を受けられるようにすることです。「ふつう」ができない子どもがいても、お互いを認め合って尊重することを、子どもたち自身で学ぶ。その手助けをするのが先生の役割ですし、それこそが本当の公平な関係性なんですよ。例外を認めず、みんなと同じようにさせるのが公平という考え方は100パーセント間違ってます。

Qーーーー大空小学校では、さまざまな子どもたちが一緒に学ぶ環境でありながら、先生は定時退勤できていました。なぜそのような教育環境を作ることが可能だったのでしょうか。

Aーーーー私が9年間校長を務めた大空小は、全校児童260人中、「発達障害」と診断され(障害者)手帳を持っている子どもが50人を超えていました。そう聞くと「先生の負担が多くて大変そう!」と思われるかもしれませんけど、日常は勤務時間が終われば帰っていました。 じゃあ、なんで他の学校の先生たちは、いつ死んでもおかしくないほど長時間労働しないといけないのか?大空小では、一人一人の子どもが自分から学校へ来て、1日学んで、納得して家に帰ります。それは、私たち教師が子ども同士をつなげて、子ども同士で教え合ったり助け合ったりしているからです。大空小学校のルールはただひとつ。「自分がされていやなことは人にしない 言わない」。この約束を守ることだけです。子どもが学校生活を楽しんで納得できると、いじめも不登校もないし、親からクレームがくることもありません。教師は生徒や親の問題解決や相談事に時間をとられる必要がないから、本業だけやっていればいいんですよ。教師の働き方改革より、学び方改革をしないといけないわけです。

 

DSM-5

前回のICD-11の説明でいきなりDSM-5(米国精神医学会:精神障害の診断と統計マニュアル第5版)の名前が出てきたので解説しておきます。発達障害についての世界的に使われる基準は前回示したWHOのICDと、米国のDSMです。2013年にDSM-5は、20年ぶりの改訂がされました。「神経発達症群」はDSM-5から新設され、いわゆる「広義の(知的能力障害群等も含む)発達障害」として捉えられています。前回も書いた通りICD-11は、DSM-5に沿って改訂されています。心理発達から神経発達に変えた考え方や自閉症のレベルを連続体としてとらえる「スペクトラム」の名称で、アスペルガー障害などをこの中に含むものにしたことなどです。
DSM-5「神経発達症群」における分類
1 知的能力障害群
知的能力障害・全般的発達遅延・特定不能の知的能力障害
2 コミュニケーション症群
言語症・語音症・小児期発症流暢症・社会的(語用論的)コミュニケーション症
3 自閉スペクトラム症(ASD)
自閉スペクトラム症
4 注意欠如・多動症(AD/HD)
注意欠如・多動症・他の特定される注意欠如・多動症・特定不能の注意欠如・多動症
5 限局性学習症(LD)
読字の障害を伴う・書字表出の障害を伴う・算数の障害を伴う
6 運動症群
発達性協調性運動症・常同運動症・
7 チック症群
トゥレット症・持続性(慢性)または音声チック症・暫定的チック症・他の特定されるチック症・特定不能のチック症
8 他の神経発達症群
他の特定される神経発達症・特定不能の神経発達症

 

愛着障害

虐待された子どもにとって世の中は、どこに危険が隠れているかわからない恐ろしい場所であり、彼らには見るものすべてが災いの種に映ると言われます。子ども時代、愛と慰めに満ちた安全な家庭で育つことは、健全な心を持った大人になるために大変重要なのですが、残念ながら現実はそうはいかない場合が多いようです。

自分ではまだ何もできない子ども時代に、基本的欲求を満たしてくれ、呼べば助けてくれ、心が傷ついたら愛を持って気持ちをなだめてくれる大人が、もし周りに一人でもいれば、その子どもは大きくなって、「困難な状況に遭遇してもなんとかなるものだ。人生を思うとおりに変えて、切り開いていく力を、自分は持っている。」という、自己肯定感を抱き、自己コントロール力を持てるようになります。自分の意志や欲求に沿って反応してくれる大人が周りにいるということは、周囲の環境と共鳴して生きるということで、これを経験した子どもは、たいてい、自己認識力や共感力を身につけ、人と調和し、社会に適応して生きていくことができるようになります。

虐待やネグレクトのある環境に育ち、自分の基本的欲求や感情的なニーズが満たされず、親または世話をしてくれる大人が自分に合わせてくれない場合、子どもは周りの大人の「子どもはこうあるべき」という概念に自分を合わせる以外なくなります。つまり、大人のニーズに自分を合わせることになり、これによって、「ありのままの自分ではいけないのだ、自分はどこか間違っているのだ」という観念を抱くようになります。虐待された子どもは、周りの人たちの声や表情にとても敏感ですが、それに共鳴するというより、そのサインを脅威とみなして反応する傾向があります。そのため、虐待された子どもは、防衛的になったり怯えたりしやすいといえます。そういう子どもは、やがて、強いふりをして内心の恐怖感を隠すようになったり、心を閉ざしてコンピューターゲームに一人で没頭するようになったりすることもあります。

回避型愛着(avoidant attachment)と呼ばれるタイプの子どもは、母親がいなくなっても泣かず、戻ってきても無視して、一見、何が起こっても知るもんか、というそぶりを見せます。けれども、実際のところ、子どもの身体の方は過覚醒(神経過敏で緊張が高まっている)状態にあります。このタイプの子どもの親は、子どもを触ったり抱いたりするのを嫌がる傾向が強いようです。回避型愛着タイプの子どもは、学校に行くようになると、しばしばいじめる側にまわり、大人になってからも、自分や相手の気持ちに無頓着である場合が見受けられます。

不安型愛着(anxious attachment)、またはアンビバレント愛着(ambivalent attachment)と呼ばれるタイプの幼児は、泣いたり、わめいたり、しがみついたりして、常に自分に注意を引こうとします。母親の姿が見えなくなると非常に取り乱しますが、かといって母親がそばに戻ってきてもあまり満足しません。不安型愛着タイプの幼児の不安傾向はしばしば大人になっても継続し、学校ではしばしばいじめられる側(=犠牲者)になります。

上記の二つの愛着型に加えて、世話をしてくれる大人自体が自分に苦しみや恐怖をもたらす原因である場合、子どもは混乱型愛着(disorganized attachment)という第三タイプに分類されることがあります。混乱型愛着の子どもは、生きるために依存しなければならない相手が、同時に身を脅かす危険な人物であるというジレンマに置かれます。逃げることもできず、つながることもできない、という手立てのない状態にあるわけです。結果として、誰が安全で誰に愛着を示していいかわからないこのタイプの子どもたちは、知らない人に過度に愛情深く接したり、または誰も信じなかったり、といった極端な愛着のしかたを見せるようになります。混乱型愛着を引き起こす要因はなにも虐待ばかりではありません。親自身が、家庭内暴力やレイプ、深刻な喪失などのトラウマを抱えている場合、自分の感情が不安定なために、親は子どもと向き合って安定した保護や慰めを与える場合ができないことがあります。親が感情的に引きこもってしまい、子どものニーズにこたえられない場合、しばしば役割の逆転が起こり、子どもの方が親のニーズを満たそうと懸命になります。こうして親の世話をせざるを得なかった子どもは、大きくなってからしばしば自分や他者に対して攻撃的になり、自分や人を傷つけるようになることがあります。

ただ、理想通り完璧な子育てができなくても、基本的部分で愛情がありさえすれば、子どもは親と適切なつながりを維持して育つものです。感情にまかせて怒ったり、思い通りに世話をできないことが時々あったとしても、本当は愛するわが子にそんなふうにしたくなかった、という思いがあれば、子どもが親に対する信頼を失うことはありません。そもそも「理想通りの完璧な子育て」というもの自体、存在しないです。誰しも、時折迷ったり後悔したりしながら、子どもを育てています。また、仮に、虐待やネグレクトにあって、辛い子ども時代を送ったとしても、その後社会に出て、愛情を感じる経験をしたり、本人の生まれつきの回復力(レジリエンシー)が強い場合、心の傷を自ら癒やして、健全な心をもった大人へと成長することは十分可能です。